トカゲ太郎のワンダー・ワールド
ヒグマと北海道
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(取材日: 2013年11月5日)   

北海道野生動物研究所の門崎允昭所長はこれまで40年以上ヒグマについて調査研究を続けている。今年10月には世界自然遺産の知床に暮らすヒグマの調査を現地で行い、11月5日には北海道文化放送(UHB)主催の市民大学で北海道のヒグマについて講演を行った。今回は北海道のヒグマの現状と知床での調査について門崎所長に話を聞いた。

北海道にヒグマがやって来た

ヒグマの最古の化石は中国で発見された約70万年前のもので、日本には約47万年前から13万年前の間に訪れた3回の氷河期に大陸から渡って来た。この頃の日本列島はアジア大陸とつながっていて、気候は東京の年平均気温が7.6℃ととても寒かった。もともと冷涼な気候を好むヒグマはこの頃全国に分布域を広げていたようで山口、栃木、青森の各県の石灰石の採掘場から化石が見つかっている。ただ、北海道にヒグマが進出したのはもっとずっと後のことで、約7万年前から1.5万年前の5.5万年間続いた最後の氷河期に現在のサハリンを経由してやって来た。本州以南のヒグマはその後、気候の温暖化に耐えられず絶滅したようだ。

北海道の本格的な開拓が進む以前、つまり江戸期にはヒグマは全道に分布していて生息数は5000頭ほどだった。今はどうなっているかというと、生息域は全道の約50%で頭数は約1900から2300頭と推定されている。忘れてはならないのはこの内毎年300頭から600頭のヒグマたちが駆除されているということだ。

2月頃に生まれた子グマは5月末には犬歯以外の歯が生えそろいもう草を食べ始めるという親子とも11月上旬ごろまで盛んに食べ続ける。丸々と太っていて一見鈍重に見えるが実は動きは俊敏だ。
    2月頃に生まれた子グマは5月末には犬歯以外の歯が生えそろいもう草を食べ始めるという親子とも11月上旬ごろまで盛んに食べ続ける。丸々と太っていて一見鈍重に見えるが実は動きは俊敏だ。

札幌のヒグマ

近年札幌市にヒグマが出没している。札幌市の西方には標高100~1500mの山々がつらなっていて、そこに広がる幅約40kmの樹林地にヒグマたちが暮らしている。そのヒグマたちの中で親から自立したばかりの満1~2歳の若熊が住宅地に顔を出しているのだ。

「母グマといっしょであれば人家に近寄るなどの行動は一切ゆるしません。だから目撃されたヒグマは体長1.3m以下の5月から8月にかけて自立した若熊です。好奇心が旺盛で、自分が生活できる場所かどうか学んでいるのです。ですが、本能的に人間を避けますから姿を見せるのは朝方か夕方もしくは夜間に限られますし納得すれば二度と近づくことはありません。」
と、門崎さんは説明し防止策として高さ1.5mほどの有刺鉄線を人と接触しそうな場所に張り巡らせることを薦めている。

しかし、このほかに若熊に限らずヒグマが人家や道路に現れる場合がある。一つは農作物や果物、生ごみ目当てで年齢性別なくやって来るもので、対処法は電気柵で囲うことだという。また、樹林から樹林に移動中道路を横切るものでこちらも年齢性別に関係はないが、人間や車と出くわさないようにだいたい夜間が多い。さらに稀なケースとして発情したオスから逃げて来たメスや市街地に迷い込んだ子グマを追って母親が出てくるなどのことが挙げられる。ただ、いずれにしても頻繁に起こるものではない。

一方、門崎さんによれば若熊のケースに限って言えば電気柵はあまり効果がない上、保守管理に費用がかかり過ぎるという。また、生息数を知る理由から山中にエサを付けた有刺鉄線を張りそこに残った毛からDNAを採取するといったやり方には明確に反対している。

「生息数は足跡や歩幅を丹念に調べれば個体は識別できます。第一エサでおびき寄せるなんて餌付けをしているようなものでもってのほかです」
と門崎さんは憤る。また、クマの目撃情報が減ると他の研究者が「若熊が人間は怖いということを学習したのでは。」などと新聞等で発言していることも問題視している。実際このコメントの後、今年9月に南区に若熊が現れ、処分されてしまった。この若熊は今年初めて姿を見せたもので、昨年の個体とは違う。発言前にたまたま市街地に出ていなかっただけだった。逆に「人間を恐れないクマが現れた」などと発言する研究者もいる。それではなぜ日中に現れないのか説明がつかない。いずれにしても若熊は今後も現れるし、その場合はヒグマの生態をよく考えた上で対処し、処分することはできる限り避けるべきだと門崎さんは訴える。

礼文島の香深井遺跡の住居跡にあったヒグマの頭蓋骨
オホーツク文化では信仰のシンボルとして住居内の上座にヒグマなどの頭蓋骨を祀る風習があった。
展示:北海道大学総合博物館

世界に誇れる番屋

今年10月、門崎さんは二度にわたって知床半島の先端部、羅臼より少し北に位置するルシャ川とテッパンベツ川の河口付近を訪れた。そこに生息するヒグマの暮らしを調査するためだ。2005年に世界自然遺産に登録された知床半島の中でもこの付近は野生動物の宝庫だ。このため北海道庁、林野庁、環境省が管理する特別地域として研究者といえでもなかなか立ち入り許可が出ないほど厳重に守られている。

ただし、毎年5月から11月の間ホッケ、マス、サケなどの漁を行うためこの地に滞在する10数人の漁師は例外だ。滞在場所は第19番屋と呼ばれ、そこを基地に定置網漁を50年間続けてきた船頭の大瀬初三郎さんはヒグマとの共存を実践している人物だ。番屋近くの浜や裏山にはヒグマの親子や雄グマが頻繁に姿を現す。作業しているすぐ近くで草や実をヒグマが食べている。時には道路で出くわすこともある。そのような場合はクマの眼を睨みながら「コラット、コラット」と気迫をこめて言えば必ず立ち去るという。大事なことはこちらの方が強いとクマに教えてやることだ。おかげでヒグマと漁師は互いに干渉することなく共存している。とはいえこんなところは世界のどこを探してもない。

泳ぐヒグマ

この付近の風はたいてい海から山へと吹いていて、クジラやイルカの死骸などエサの臭いを山側で嗅ぎ付けたヒグマが浜へと降りてくる。門崎さんはエサを求めて海を泳ぐ親子を目撃したが、母グマはもちろん子グマも器用に泳いでいたという。また、浜には岩の下などにヨコエビが隠れていてこれもヒグマの好物だ。



大瀬さんは、ある日浜に打ち上げられた2頭のクジラに群がるヒグマの頭数をかぞえてみた。その数なんと70頭。観察していると強いヒグマから順番に食べて、子グマは最後にありつける。2日かけて両方のクジラをたいらげてしまったという。
    大瀬さんは、ある日浜に打ち上げられた2頭のクジラに群がるヒグマの頭数をかぞえてみた。その数なんと70頭。観察していると強いヒグマから順番に食べて、子グマは最後にありつける。2日かけて両方のクジラをたいらげてしまったという。


門崎さんは3日間の調査中、ルシャ川とテッパンベツ川の半径400m以内で子グマ2頭を連れた母グマを3回、1頭連れを一回、単独のヒグマ4回、計15頭を観察する機会に恵まれた。北海道の中でも3~4時間以内にこれ程多くのヒグマを確実に見られるのはここをおいて他にないという。ヒグマの目当てはカラフトマスで次々と捕まえては食べ、冬に備える。子グマも見よう見まねでマス獲りに挑戦し、自立に向けて励んでいるようだったという。また、フンを調べてみると山側ではクルミの実やヤマブドウを食べていた。さらに興味深い行動も観察された。開けた山の斜面でエサ探しをしていた親子の後ろの森から突然単独のヒグマが現れた時のことだ。はじめは驚いて距離をおいた親子だったが、しばらくすると母グマの方が近づいていって挨拶をするような行動をした。単独グマもそれを受け入れた様子を見せ、近くを歩き回る親子グマを気にすることなく岩に腰かけてのんびり休憩しているようだった。長年ヒグマを観察している門崎さんもこのような行動はめったに見ないという。

十勝郡で採集されたヒグマのフン
森林に囲まれた場所で見つかったこのフンには木の実(主にドングリ)が多く含まれている。
展示:北海道大学総合博物館

世界自然遺産の守り神

知床半島が世界遺産に登録されて以降、観光客の数は増えそれにつれて一般の人々がヒグマを観察する機会も増えた。ところが残念なことに餌付けをしてしまう人がいるという。さらに、駆除されるヒグマの数は例年20頭ほどだったのに昨年はなんと67頭ものヒグマが犠牲になった。一般の人に危険が及ぶとの理由からだった。これに対して門崎さんは大きな憤りを感じている。

「あれだけ犠牲にする必要が本当にあったのか。もう少し現場に足を運んでヒグマの行動をよく見て欲しい。例えば、ヒグマは眼があまり良くないという人がいます。ですが実際は非常に良く見えていて周りのものを観察しています。自分を撃ち損じたハンターの顔を覚えていて、後から仲間のハンターを連れてきてもまずそのハンターを襲うぐらいですから。」
と話し、調査や研究をヒグマの保護のためにもっと役立てるべきだとしている。

門崎さんが今回調査に入った地域にはヒグマだけでなく、エゾジカやキタキツネはもちろんオオタカやオジロワシなど豊な自然を必要とする様々な動物たちが無数に暮らしている。ヒグマはその頂点にある生態系の守り神といっていい。大瀬さんが築き上げたヒグマとの関係も一朝一夕にできたものではない。人もまた長い時間をかけてヒグマやその他の生き物たちとともにこの生態系の中で暮らすようになったことは世界に誇れることなのだ。