トカゲ太郎のワンダー・ワールド
トカゲ太郎の独り言


 

2017年9月30日
美しさの裏で

まるで鎌倉時代の慶派の彫刻のようなド迫力のこれらの阿吽の仁王像、実は唐時代の中国のものだ。そうなると、慶派の登場より少なくとも300年も前に制作されたことになる。

このような見事な仏教彫刻が中国で盛んに作られたもう一つの時期は北魏の時代(4世紀末から6世紀前半)。雲崗や龍門といった仏像が露天の崖にうがたれた石窟遺跡できたのもこの頃だ。とはいえ、5世紀半ばごろ北魏の太武帝の時、仏教は大弾圧を受けた。もとはといえば、仏教僧が贅沢三昧をした結果だからしょうがない。また、仏像制作の裏舞台では宮廷内の権力闘争が繰り広げられ、皇帝が自分の息子を毒殺する事件まで起きている。 残念なことだけど、美しい宗教芸術が作られると同時に血生臭い歴史がその裏側にあることはよくある話だ。だからといって、見た目にだまされてはいけないという分けではなく、むしろその現実が少しでも良くなることを願って作れているからこそ美しいのかもしれない。それにしても、この憤怒の顔、そうとう怒っていたのだろう。

むしろその現実が少しでも良くなることを願って作れているからこそ美しいのかもしれない。それにしても、この憤怒の顔、そうとう怒っていたのだろう。

写真は広西省大同博物館で撮影

 

2017年8月21日

カトリック系の高校に通う高校生が、「死は美しい、なんて言っといて死人を生き返らせたり、自分が復活したり、わけが分からない。」と、ぼやいていた。毎日の礼拝で聞かされる聖書の話にうんざりしているのだろう。進学校で、夏休みもほとんどないぐらい受験勉強する学生には無理もない。トカゲ太郎もその話を聞いて妙に納得してしまった。でも、よーく考えると、興味深い話だ。

キリストの生きた時代、人々の暮らしは過酷だった。飢えて野垂れ死にして、死体が野良犬に食べられる、といった光景も珍しいものではなかっただろう。しかし、キリストはそんな痛ましい死を美しいと言ったのだ。これにはみんな驚いた。どんなにみじめな死に様でもそれは、いやそうだからこそ美しいとキリストは言う。とはいえ、一方で死人を蘇らせることもした。おそらくこれは、やり残したことがある人を生き返らせたのだ。では、自らの復活はどうだろう。これは難しい。でも、生も死も永遠不変ではないことの証であったのではないか。

いずれにしても、それぞれ違う運命を背負って生まれ、生き、死ぬのである。だからこそ、生きている間できる限りを尽くしたのなら、見た目の死がどのようであれ、その死は美しい。そんなことを言いたかったのかなぁ。

 

2016年12月31日

朝起きると日が差して来ること、雨がときどき降ること、暑くなったり、寒くなったりすること。当たり前だと思うのではなく、「ああ、いいな」と感じる。こういう感覚は意識していないと忘れてしまう。いつだったか、突然そういう風に感じた。それをこうして書くことでいつも思い出せるような気がする。

 

2016年4月30日
トカゲ太郎、朝のダッシュ!

学校の始業時間は、だいたい8時半頃だ。この時間までに生徒は教室に入っている。まあ普通は、30分前には全員がそろって席に座って先生が入ってくるのを待つのだ。眠るのが大好きだったトカゲ太郎は、5分ぐらい前にギリギリで教室に飛び込んでくるのが普通だった(学校は歩いて15分ほどの距離にあるのに)。ただ、宿題の提出日になると事情が違ってくる。かなり早く席について他の生徒が入ってくるのを偉そう(普段よりとっても早起きしたので)に待っている。そして教室が埋まりだすと、目星をつけていたいつもの生徒に平身低頭で頼み込む。なぜか女の子と決まっていて、はじめは“え~”と渋い表情をする。しかし、“そこを何とか一つ。この借りは返すからと”と懇願すると、“し ょうがないね~”と折れてくれる。どう借りを返すかはこの際どうでもいい。

さらにここからが勝負になる。朝の挨拶の後、すぐに宿題提出の授業となると相当な勢いで解答を写していかなければならない。そうでなければ、貸した本人に返却できないからだ。とはいえ、間に合わず担任が入ってきてから、リレーしてもらって本人の元へ帰っていくこともしばしばあった。この辺は、みんな慣れているのでスムーズに行く。

今思えば、とんでもないことをしていたものだ。子どもは怖い。

 

2016年2月18日
どっちつかずの“威嚇”

ニホンザルが額の辺りをつり上げて威嚇する姿を、猿山などで見かけることがある。威嚇は攻撃しようとする行動と逃げようとする行動が半々の状態になった時に起こす行動だそうだ。それは形だけのもので、本当に攻撃してお互いを傷つけるようなことを避ける意味でとても有効にはたらく。一般的に霊長類の威嚇の表情は、大きく口を開き、目をむき出しにして、頬をつり上げる。実は、伝統的な祭りや儀礼で用いられる動物のお面もこの表情をしている。獅子舞やバリ島の祝祭で使われるバロン面、アフリカの面など世界中で見ることができる。

なぜこのような威嚇の面ができるのかというと、威嚇の表情が脳に快感を覚えさせるから、という仮説がある。先天的に遺伝子に怖いもの見たさが組み込まれているというのだ。この仮説によれば、人間もこの威嚇のお面をかぶってお祭りを行うことで人間同士のいさかいを緩和しているのかもしれない。遠い昔、アフリカの熱帯雨林で暮らしていた頃のヒトの記憶が脳に刻まれているのだ。

 

2015年7月31日
小さいものの大きな情報

夏休みに入ると博物館や特別展示場で“巨大恐竜展”やら “ティラノサウルス大暴れ”やら 大層な名前がついた展覧会が増える。確かに恐竜はその大きさといい、身体の形といい、いろいろあって面白い。珍しい種類や新種の恐竜が展示されるとなるとなおさら人が集まって、さながらテーマパークのような賑わいになる。一方で、常設展示でもほとんど人気を惹かない化石がある。現在も同じようなものがいる貝や甲殻類などだ。アンモナイトは大きなものもいたから少しは注目されるが、その他はよほどのマニアでないかぎり見向きもされない。三葉虫もそんなマイナー化石の一つだろう。でも、専門家の話を聞くといかに偉大な生き物だったが分かる。何と言ってもカンブリア紀から2億7千万年の間生き延びた強さは半端じゃない。

大きさは手のひらサイズのものがほとんどだが、その形は眼が飛び出ていたり、角があったり、トゲトゲしたり、驚くほど多様だ。そして、何より化石の数が抜群に多い。反対に恐竜は大きなものであるほどめったに見つかるものではない。だから生態もなかなか分からない。その点三葉虫は進化の過程や生きていた頃の自然環境を今に伝えてくれる膨大な情報を小さな身体に秘めている。恐竜の話しといっしょに、そんな三葉虫の声にも耳を傾けて欲しい。身体を守るためトゲをもったもの、殻を厚くしたもの、様々なやり方でそれぞれの環境を生き抜いた姿は進化についての理解や考えをより深いレベルへと導いてくれる。

 

2015年6月19日
勉強嫌い

勉強が本当に嫌いだった。とにかく学校は友達と遊ぶ場であって、授業は苦行だった。とにかく黙って座っているのが辛い。辛すぎて、ついつい落書きをしてみたり隣の子にちょっかいを出してみたりする。そうすると、ボカッと頭を殴られる。自分が悪いからしょうがないけど、凄い時代だった。宿題など本人からすれば理不尽極まりない代物で、なぜ家に帰ってまで“お勉強”をしなければならないのか、サッパリ理解できない。当然しないから提出日は、いつも寝坊するのにその日は早起きになる。こういう時、女の子は実に優しかった。常習犯だと分かっていて写本を許してくれるのだ。まあ、先生も薄々気づいていたのだろう。よく怒られた。そんな中で教育実習生が来る時期が楽しみだった。普段はおっかない担任もこの時期は優しくなる。何しろ大学生の大人の人たちが、遊んでくれるのだからこんなに嬉しいことはない。たまに「先生は好きな先生がいるの?」などと、余計なことを聞いて「太郎君はいないの?」と返り討ちされていた。そんなこんなで、何とか小学校を乗り切ったのに中学に進学したら勉強嫌いに拍車がかかった。みんな遊んでくれなくなったからだ。どうしてそんなに勉強するのか、納得できない。数学の何が面白いのか教えて欲しかった。英語なんかどうせ話さないのに何するの?と心の疑問はいつもあった。そのくせ、ハリウッド映画は大好きだったので自分でも良く分からないところもある。ということで、やっぱり高校受験では桜が散った。これは流石にこたえた。それで も何とか大学までいったから不思議なものだ。そして今は大学院で研究している。

人生は分からないことばかりだ。

 

2014年9月30日
動物たちの眠り
     

動物の睡眠時間を測るのは難しい。身体の大きさに極端な違いがあるからだ。子どもと大人では時間の流れや感じ方が違うように動物も種類ごとにそれぞれの時間の中で生きている。とはいえ、人間の時間を無理矢理当てはめてみると、ライオンの睡眠時間は一日約13時間。でも、半日眠っているからといってライオンは決してぐうたらではない。残りの時間は狩りや移動、子育てと休む暇などない。おまけに、いつ食べ物にありつけるか分からないから一度に大量の肉を食べる。眠っている間に消化吸収をするため身体は働いているのと同じだ。

ヒナコウモリの仲間はなんと20時間近く眠っているそうだ。ヨーロッパ・ハリネズミは10時間、グッピーは7時間というから身体の小さな動物が長く眠るとは限らない。でも、大型の動物は比較的短いようだ。例えば、アフリカゾウは4時間、キリンは2時間、ウマは3時間、草食獣は常に警戒していなければならないからかもしれない。

ハンドウイルカは10時間だけど脳の半分が眠って、残り半分は起きているというとんでもないことになっているから、果たして熟睡といえるのかどうか。ホッキョクグマは歩きながら半冬眠の状態になってエネルギーをセーブするし、冬眠を入れるといったい何時間眠っているのか分からない。

眠っている時間と寿命の関係を考えるともっと眠りの意味は複雑になる。例えばネズミの寿命は3年ほどで一日12時間の睡眠をとるから、一生でたった1年半の活動期間しかないことになる。でもこれはあくまで人間のものさしで測った場合。身体が小さい上にヒゲなどの鋭い感覚器官で空間を感知しているからネズミのまわりでは全く違う時間が流れているのかもしれない。

生き物はそれぞれ別の宇宙の中で生きている、と思うのはちょっと飛躍し過ぎかな?

 

2014年8月17日
命を学ぶには
     

冠婚葬祭会社の顧問をされている方が、うじ虫が輝いて見えたことがあったそうだ。一方で、知り合いの子どもがダンゴムシを見つけると次々にポケットに入れて親を困らせた。なんとも微笑ましいと思いきや、同じ子がアリを見つけるとどんどん踏み潰すのでこれまた周りを慌てさせた。生き物に対する感じ方は年齢や経験、性格などによってさまざまだ。

今、人々が死について真剣に考えなくなっていることを顧問の方は憂いていた。でも、子どもは考えてなくても命と死を感じているから不思議な行動をするのかもしれない。うじ虫を美しく感じ、アリを踏み潰す、この二つに共通する点はどちらも身体行動だ。要するに頭で考えたことではない。

命の大切さを知りたかったり、学びたかったりするならば体の感覚を日常的に養うことが必要な気がする。夏は暑いし、冬は寒い。ケガは痛いし、スイカは重たい。残念ながらスポーツだけでは不十分だ。なぜなら一定のルールのもとでプレーしていて集中しているから感じているヒマなどない。試合が終わって「あらっケガしてた」と気づく、よくあることだ。ではどうするか。一番てっとり早いのは家事。

重たい食糧をもって暑い中を歩く。嫌でも自分の身体の感覚に集中するだろう。掃除や洗濯だって同じだ。身体で覚えると生きていくのは大変だと実感できる。まずは自分自身が肉体をもった生きものだと感覚でつかむ。そうすると、他の生き物も大変なのかもしれないと想像できる。もっとも熱中症が怖いからほどほどにしないといけないけれど。

ダンゴムシの子は成長してお医者さんになった。踏みつぶされたアリさんたちの命は無駄ではなかったわけだ。

 

2014年7月4日
ゾウの暮らしと保護・繁殖
     

ゾウは一夫多妻制で、一頭の雄が複数の雌と交尾を行う。だいたい雨季の時期に交尾は行われ、若い雌は群れの年上の雌たちのサポートを受けながら雄と出会うことになる。

雌の群れのリーダーはエサ場のほか、移動や乾季の間いかにして水を得るかなど様々な知識(ゾウは記憶力がとてもいい)や経験を活かして群れの生活を守る。リーダーの雌はまた、気に入らない雄の群れへの侵入を許さず追い払ってしまうこともある。

ということで、ゾウ同士のお見合いはとても難しい。どうしても子ゾウの誕生を望む場合、人口受精が試みられることになるが、これにも問題がある。ヘルペス・ウィルスなどの感染症が精子などに潜んでいる可能性があるのだ。北米で飼育されているゾウの20%以上がゾウ特有のヘルペス・ウィルスによって死亡している。このウィルスのやっかいなことは、発病するまで感染していることがハッキリと分からないことだ。このため、感染したゾウを移動させるとそれだけで病気が広がりかねない。

ゾウだけでなく他の大型動物にしても繁殖は容易なことでは決してない。まして、野生に暮らすアムールトラはわずか400頭以下なのに、アメリカで飼育されているアムールトラは4000頭以上いるなんて話もある。保護・繁殖計画とはいったい何を意味しているのだろう。

 

2014年5月4日
ソクラテスの言葉
     

ソクラテスは、文字によって真実を伝えることはできないと考えていたようだ。だから彼の著作物は何一つ残っていない。でも、彼の弟子のプラトンが残した多くの著作によってソクラテスの思想が後世に伝えられたのだから文字は大事だ。でも、矛盾しているかというと、そうではないと思う。プラトンは多くの著作“文字は真実を伝えない”というソクラテスの主張を見事に証明した。だって、もしソクラテスの本意が文字で伝えられていたら、アテネのその後や世界中の歴史がもう少しましになっていてもいいはずだ。プラトンは天才だから凡人に理解されなかったといえばそうかもしれないけど、やっぱり伝わっていないことに変わりはない。

ラブレターがいい例かもしれない。書いている本人にとっては一大事なので、哲也(徹夜)になってしまうのは当たり前で、次の日「何だこれは!!」と赤面するほどたまげてしまう。それでも何とか仕上げ、いざ本人に手渡して後悔する。やっぱり何か抜けていると思うからだ。いずれにせよ、今風に言えば“告る”方が成功率は格段に高いだろう。やっぱり有機(勇気)がいるから。少なくともソクラテスはそうしただろう。でもこれがなかなか難しい。

 

2014年2月25日
言葉の問題
     

ネット上で「~さん、激怒」という表現を見かける 。大げさに書くことで読者の気を引く意図だろうけど、どうもしっくりこない。同じように使い方に疑問のある言葉に「リベンジ」がある。日本語だとお返しとか、巻き返しという感覚で使っている。でも、英語本来の意味からするとまさに「復讐」だから日常使われる言葉ではないと思う。面白いからとか、一言で言い表せて便利だからとか理由はいろいろある。けれども子どもたちにはあまり使って欲しくない。

子どもの頃、国会で決まって「あ~う~」とつまりながら答弁することを笑いのネタにされていた大平正芳元首相。今思うと慎重に考えながら答えていたのだろう。何でも歯切れよく話せばいいというわけではないような気がする。

ことあるごとに理由や状況をしっかり説明しないとならない世の中になってきていて、それはそれで良い面はある。けれども、スピードやのりを重視し過ぎて言葉の使い方が乱雑になると話しの内容が薄くなり、かえって言葉の力が失われ人の話しを聞く前から雰囲気や偏見に流されて判断してしまうことがある。

「お客様は神様です。」 という言葉を国民的歌手の三波春夫さんは残している。これは大勢の聴衆を前にステージに立つ時、身も心も神前にいるような気持ちに自然になったからだそうだ。三波さんは日本史に造詣が深く、心から出た言葉に違いない。周りの人々にもしきりに歴史から様々なことが学べると日頃から話していたという。
同じような言葉を美空ひばりさんも残している。美空さんは戦後、多くの人々の心をコンサートで癒してきた。そんな時「ステージの上でお客様の悲しみが伝わってきた」という。

言葉は難しい。本当の思いはなかなか伝わらないものだし、かといって考え過ぎるとそれこそ「言葉にならない」。でも、ある人が言っていたけど「沈黙もまた言葉だ」という時もある。それでもやっぱり何とか「考えて」話すしかないと思う。ある時いい言葉が思い浮かばなくてヤキモキしても、次の機会にはパッと閃く時がある。

 

2014年1月18日
年始によせて

環境社会新聞第454号(平成26年1月16日発行)に寄稿。

     

明けましておめでとうございます。

2014年は消費税増税などまさに転換の年となり、いろいろな意味で変化していくことになりそうだ。そして、そうした変化に対応するには情報が欠かせない。今はインターネットを通じてウェブサイトやブログ、ツイッターなど、さまざま情報が入ってくる。それらは感情的すぎるものや情報源の怪しいものまで玉石混淆で鵜呑みにすることはできない。でも、一昔前の大新聞社やテレビ局が情報をほとんど独占していた時代と違うことは確かだ。加えて、英語が苦にならなければ海外の情報もかなり入手できる。英語教育を進めるのは結構なことだが、大人が知らないうちに子どもたちは英語圏のニュースを読みこなしてしまう時代が来ているかもしれない。

大手マスコミがインターネットに先行されている例として動物福祉(アニマルウェルフェア)の問題がある。言葉のイメージから一部の動物愛護団体が感情にまかせて騒いでいると考えがちだが、ことは食の安全に関わる重大事項だ。イギリスが先行するかたちでヨーロッパに広がり、今やアメリカ、カナダを巻き込んで日本においても導入が進んでいる。具体的には、まるで工業製品を生産するようだった畜産のやり方を改め、鶏ならば自由に歩けるようにし、豚ならば土を掘り返す豚本来の行動をさせてあげる、といったより自然に近い飼育法への転換だ。背景には肉の大量生産のために効率的な大量飼育が求められ、その結果劣悪な環境とストレスから健康を害する動物たちが増えたことが挙げられる。さらに健康維持と肉質を落とさないために与えられた大量の抗生物質や配合飼料などの人間への影響が懸念されるようになった。

肉の輸入量は鶏、豚、牛ともに約7割に達している。国内産も育てるための飼料のほとんどが輸入だ。これまで頑張ってきた生産者にとって動物福祉への取り組みは大変な課題であることは間違いない。従来とは違う労働も加わり、飼料についても変わってくるため価格に転嫁せざるを得ないのは国内産に限らず外国産にしても同じだ。それなのにマスコミはまったくといっていいほどこの問題に触れないのはなぜだろう。インターネット上では日本語、英語の両方で活発に議論されているのに。

もちろん動物福祉を考慮した畜産には良い面もたくさんある。動物たちの活き活きとした姿は、食べ物とはいえ生産者の励みになるし、動物が自分でエサを探し、体調を維持するなど労働の面からも好転する。消費者にとってはスーパーで肉の塊に慣れた眼をもう一度命を頂いているという原点に向けるいい機会になる。そうすれば、安くて美味しい肉をたくさんといった価値観も変わって来るかもしれない。まだまだ影響力があるマスコミにはこうした情報を伝えることで多くの人々に認識してもらうとともに、自ら選ぶ眼を養ってもらう責任がある。

動物福祉は一例に過ぎない。TPPやグローバリゼーションというのは単なるお題目ではなく、情報とモノの両方が外国から洪水のように押し寄せ、それにしっかり対処しなければならないということだ。前述したが、英語教育が進めば進むほど情報格差が起きて世代間の断絶も起きかねない。それほど日本語だけの情報と英語を合わせた情報には量に違いがあるし、時には同じ事柄でも全く違う内容になるなど質の違いもある。超高齢化なのだから英語に向き合わなければならないのはむしろ大人の方だろう。そして何より、今盛んに子どもたちに教えようとしている“自ら考える力”を大人が養い、様々な情報源から自分にとって正しいと思うことを選択していきたいものだ。

 

2013年11月9日
トロフィーハンティングのうそ
     

トロフィーハンティングとは多額の料金を支払って野生動物の狩りを行うことで、主にアフリカで盛んだ。例えば、ライオン1頭の場合約200万円から70万円、キリン1頭約30万円と、動物によって料金が違ってくる。仕留めた獲物の頭骨やはく製を自分の国に“トロフィー”として持ち帰ることからこの名がついたようだ。運営している会社よれば、利益の一部は野生動物の保護に役立てられそのおかげで生息数が増えた動物もいるようだ。野生動物にも地元の経済にも貢献している模範ビジネスというわけだ。

ところが、IUCN(国際自然保護連合)をはじめとする複数の自然保護団体が本格的な調査を行ったところ、トロフィーハンティングが地元の人々や行われている国々にもたらす経済的貢献はごくわずかなもので、しかも動物の種類によっては絶滅の危機にさらされる危険があるという。トロフィーハンティングは南アフリカ、タンザニア、ボツワナ、ナミビアなどの国々を中心にアフリカの14か国で行われているが、地元の人々にもたらされる額は平均して全体の利益の3%以下でしかない。地元の自然を知り野生動物の保護にもっとも貢献している人々にほとんどお金が回らない仕組みなのだ。運営業者や地元政府、関係する役所などがほとんどの利益を山分けしているだけでなく、中には政府機関の汚職が疑われる場合もあるという。

絶滅が危惧されているのはなんとライオンだ。過去30年間で野生のライオンの生息数は半減し約32000頭を残すのみとなっているのに、毎年560頭ものライオンがトロフィーハンティングのため殺されている。もちろん、こうした事態に疑問をもちはじめた国もある。ボツワナはトロフィーハンティングからの利益が比較的多いにも関わらず、2014年から禁止される。

その他の国々もハンティングではなく“観察”の方が利益を地元にもたらすことに気づき始めている。アフリカを観光で訪れるほとんどの人々が大平原で暮らす野生動物の姿を一目みたいと思っている。実際、トロフィーハンティングが観光ツアー全体に占める割合は2%以下だ。密猟を未然に防ぐなどの効果もはなはだ疑問だ。なぜなら密猟をしっかり監視できる政府ならばそもそもトロフィーハンティングなどの手法に頼る必要などないからだ。アフリカの現実は甘くない。

 

2013年10月30日
カフェ・ウンチ
     

コピ・ルアクというコーヒー豆がある。東南アジアに暮らすジャコウネコのフンから取り出したコーヒー豆で、なんと1キロ約30万円もする。もともとインドネシアのコーヒー園の周りに暮らすジャコウネコがときどきコーヒーの実を頂いていた。そのフンを拾って中に混ざっていた豆を使ったところ絶妙な香りと味がするコーヒーができたのがきっかけだ。美味しさの秘密はジャコウネコの胃を通るとき豆の苦味の部分が溶けてなくなり、さらに微妙な発酵が進むからだろうと考えられている。

自然のフンを拾っているころは良かった。ところが高価で売れることからジャコウネコを飼育してフンをとる業者が出てきた。狭い檻の中で、コーヒーの実だけをあたえられたジャコウネコたちは悲惨だ。野生ではマンゴーやランブータンなどの果物に加えて昆虫や小動物も食べる。コーヒーの実だけでは栄養不足で、しかも木登りなどの運動もまったくできない。約3年で野生にもどされるというが、その頃には毛も抜け落ちてとても元気に生きていける状態ではないという。こうしたコピ・ルアクの消費地は主に日本や韓国だ。

ところで動物由来のコーヒー豆は他にもある。タイではアジアゾウのフンから豆を取り出す。こちらはバナナやサトウキビなどのゾウの好物に混ぜてコーヒーの実を食べさせる。ゾウの胃で発酵が進んだ豆を使って作るコーヒーはブラックアイボリーと呼ばれ、一杯約5000円!!元はウンチなのに。でも、ウンチではないものもある。インドではアカゲザルが食べ残した豆を使ったコーヒーがある。こちらはアカゲザルのだ液がコーヒー豆のタンパク質を溶かしてコーヒーに独特の風味を加えてくれるそうだ。

いずれにしてもコーヒー園を野生動物の暮らす森に作ってしまった結果だ。動物たちはまさか人間がフンや食べ残しをあさっているとは思いもよらないだろう。

ウンチと残飯、コーヒーは難しい。

 

2013年 9月30日
幻術
     

『NARUTO疾風伝』というアニメーションがある。忍者の大戦争が軸になって物語が展開していく典型的な少年漫画だけど、女性ファンも多いと思う。その中で使われる忍術の中に「幻術」という技がある。特殊な眼で幻を見せて、敵がボーっとしたところをやっつけてしまうのだ。幻術にかかると火炎に包まれたり、身動きが取れなくなったり、怪物が現れたり、現実とはかけ離れたものが見えて心が囚われてしまう。でもそれは全部マボロシなのだ。

子どものアニメとあなどるなかれ、幻術使いの凄腕忍者が最愛の弟に言った言葉がすごい。
「自分が現実だと信じ込んでいたことが実は全部幻だったとは考えられないか?」
トカゲ太郎などは普通の生活の中ですぐに幻術にかかって勘違いをしてしまう。テレビで美味しそうなものが出ているとすぐに食べたくなるし、偉い人が言っていることをごもっともと鵜呑みにしてしまう。でもアニメの中の主人公は簡単には幻術にはかからない。強い意志と信念が彼を支えているからだ。敵もさるもの巧な言葉や罠で主人公の心を揺さぶるけれど、主人公があまり考えこまないのが面白い。物語の中には幻術と反対の身体や感性を重視する忍者がいて主人公はこちらのタイプのようだ。理屈っぽい幻術使いと比べて行動重視の直観派。

身体を動かしたり、自然に触れたり、深呼吸するだけでも思い込んでいたことと違う見方や考え方がムクムクと湧き上がる。理屈を超えたところにあるものを信じるのは難しいけれど、あんまり深く考えないでまずはやってみるとハッと気づく。幻術に惑わされずに。

 

2013年 8月29日
夏休みの宿題
     

夏休みが終わろうとしている。トカゲ太郎が子どもの頃、この時期はさすがに観念して宿題を始める。先延ばしに延ばして来たから量がぼう大でおっつかない。そこで優先順位が出てくる。新学期初日に全部の宿題を提出するわけじゃないから先に出すものから終わらせるのだ。先生も生徒全員の宿題を見るのは大変だったのだろう。まあ、そんなことはトカゲ太郎には分からないし、とにかく何としてでも今そこにある危機を乗り越えるのだ。とはいえ、どの教科を先生が集めるかは分からないから結局ギャンブルになる。

そして迎える二学期初日、まるで判決を待つような緊張感だ。だいたい先生も心得たものですぐには宿題を集めない。夏休み中にどのように過ごしたかだの、今学期のことだのどうでもいいことを(当時はそう思っていた)長々と話す。早くしてくれ~と思っていると先生がニヤリと笑って主文に入った。先生の口から当たりくじ教科出たらさあ大変。「完璧です」という喜びの笑みを隠すのに苦労するからだ。今思えば先生にはばれていて眼があきれていた。有罪となるとこれは辛い。天井を仰ぎ見るしかないからだ。先生の反応は不思議と同じだったが、クラスのみんなは「またか!!」と笑いをこらえていた。しかし当の本人はそんなことはどうでもいい、次の危機がすでに待っている。忘れた(取りあえず学校に持ってくるのを忘れたことになっている)教科の提出日がいつになるかで今後の状況が変わる。情状酌量の余地ありと見なされると猶予期間があるし、次の日が日曜日なんてラッキーもある。でも悪質だと判断されると・・・

みなさん夏休みの宿題はお早目に。

 

2013年 5月31日
世界最高齢のアイドル
     

今のところヒトの起源はだいたい700万年前ということになっている。アフリカに生まれたヒトの祖先はその後、全世界に広がっていった。寿命はその頃からすると格段に伸びただろう。でも、今から約70年前の日本人の平均寿命は50歳ぐらいだったから驚きだ。

現役として活躍している最高齢の医師、日野原重明さんはなんと101歳だ。一時間の講演で水を口にすることもなく、杖もつかず立ちっぱなしで話し続けても平気なご様子だった。

講演の内容は、いかに病気やケガをせず健康を長く保ち続けられるかで、要するにある程度の年齢になればあまり食べないことをすすめていた。日本人の平均寿命は80歳を超えるようになった一方で大体70歳を超えると寝たきりや健康を害する人が多いからだ。年齢も体力も人並みはずれていて、しかも生き方が素敵な人なので「心のあり方」の大切さも説いていた。

講演が終わった後、その姿をスマホやカメラに収めようと出口はすごい人だかりだった。ところが、日野原さんはなかなか出てこない。帰りの車の前に人が多過ぎて収拾がつかないことになっていた。すると怒号が響き渡った!!「先生の時間をムダにするな!整理係の人の言うことを聞けよ!」と、一人の男性が一喝したのだ。勇気ある一言だったけど、何より日野原さんの人気に驚いた。押し合い圧し合い少しでも先生に近づこうとまさに“AKB“状態。いや、あちらはグループだから先生はもっと凄い。やっと出てきた先生、今度は杖をついていたけど(おそらく転倒防止のため)、カメラに向かって手を振るサービスは忘れないでいてくれた。怒られそうだけど、101歳のおそらく世界最高齢のアイドル誕生だ。


 

2013年 5月16日
70年で身体の特徴を変える進化をとげた 東部フェンストカゲ
     

ペンシルバニア州立大学の研究によると、わずか70年で身体の特徴を変える進化をとげたトカゲがいる。大きいもので体長約17cmの東部フェンストカゲと呼ばれるこのトカゲはアメリカ南東部全体に生息している。このトカゲが身体だけでなく、行動さえも変えてしまった理由はアカヒアリ(レッドファイアーアント)と呼ばれる毒をもつアリが南アメリカから侵略してきたからだ。

トカゲ太郎

もともとアメリカにはいなかったこのアリが70年ほど前からアメリカ南東部に棲みつき始め、東部フェンストカゲを捕食するようになった。トカゲだっておめおめとアリの食事にばっかりなっているわけではなかった。素早く逃げられるように後ろ足が長くなり、襲われたらすぐに身体をゆすってアリを振り払うようになった。オクラホマ大学の動物学者ローリー・ヴィットさんは、アリの攻撃から逃れた個体がそのような行動をとるように遺伝情報を次の世代に伝えたからだろう、としている。

この例は外来種が在来種に与える影響によって、一つの種が根本的に変わってしまうことをよく示している。そして、生き物が驚くほど速いスピードで新な状況に身体や行動を適応させているかを明らかにしている。ちなみに小さなカミアリの北アメリカ進出の時期がなぜそれほど正確にわかるかというと、このアリが人間に深刻な健康被害を与えることや大きな農業被害をもたらすことから発見したらすぐに報告されていたからだ。

車や飛行機、船舶などヒトやモノの行き来が盛んになればなるほど、外来種が新しい土地に進出する。人間の生活に関わってくる種はアリだけではない。セイヨウミツバチとアフリカミツバチの交雑種アフリカナイズドミツバチは攻撃性が強く、在来のミツバチを襲うため養蜂の妨げになるほか、人も襲う。アフリカナイズドミツバチは1990年代はじめにアメリカへと進出し瞬く間に広がった。


 

2013年 4月29日
トロフィーハンティング
     

トロフィーハンティングという狩りがある。驚くことに野生動物にそれぞれ値段がついていて、費用を支払えば基本的に誰でも狩りができる。南アフリカ、タンザニア、ボツワナなど、主にアフリカの国々で行われている。生息数や狩りの難易度にもよるだろうが、 例を挙げると、ライオン(オス)16000ドル、メス7700ドル、カラカル1100ドル、エランド2350ドル、キリン3000ドル、ヒヒ75ドル、イボイノシシ400ドル、シマウマ1160ドル、といった具合だ。建前上は主要な産業のない地元の収入源となり、野生動物の保護活動へと還元されるという。でも、自然相手にそんなに話しがうまくいくはずもない。

トカゲ太郎

今問題になっているのはライオンだ。値段の問題では当然ない。ハンターたちはやっぱり 強そうでタテガミの立派な雄ライオンを好んで仕留めようとする。結果的に群れ(プライド)のリーダーの雄ライオンがいなくなり、新しい雄ライオンが取って代わる。そして、前の雄の2才以下の子ライオンは新雄ライオンに殺されて、メスは再び発情し新たにプライドを作るが、またすぐハンターにリーダーの雄ライオンは殺されることになる。このような悪循環によって、雌ライオンの妊娠の周期が乱れついには群れを形成できなくなるのだ。このままではライオンが絶滅危惧種になるのは時間の問題だと指摘する人々もいる。

遠いアフリカの国々の話とあなどってはいけない。好むと好まざるとに関わらず、世界はつながっている。モーリシャスのタコをスーパーで見かけるし、携帯電話で使われているレアメタルはアフリカで産出する。そういう経済的なつながりは別にしてもやっぱり悲しい。そもそも食べるためでもなく“狩猟”という行為で一つの命がこんな値段だなんて。野生動物にもそれぞれ家族がいる。それをヒヒが75ドル(約7500円)とは!!


 

2013年 2月05日
極寒のゾウたち その2
     
トカゲ太郎

前回(1月8日)のつぶやきのつづき

カナダで問題になっているゾウは、トロント動物園が飼育しているアフリカゾウのティカ、トカ、イリンガの3頭とエドモントン・ヴァレー動物園にいるアジアゾウのルーシーの計4頭だ。これらのゾウたちのいずれも何らかの病気をわずらっているだけでなく、寒さと飼育場の広さなど、生活する上での問題を抱えている。エドモントンの冬は、寒い時にはマイナス40℃まで冷え込む。トカゲ太郎は棲んでいたから知っている。鼻毛も凍る寒さだ。トロントも寒い時はマイナス10℃以下には確実に下がる。

トロント動物園の3頭についてはすでにアメリカへの移住が決まっている。が、受け入れ先の決定がされていないため、先送りになっている。なぜならアメリカ動物園協会(AZA)が同協会公認の施設以外への移住を強く反対しているからだ。一方、前回登場したPAWSは動物展示を手段とするある種の商業施設である動物園とは本質的に動物福祉に関する考え方が違うという。そもそもゾウが暮らせる空間が桁違いだ。

カナダの公共放送によれば、AZAはもし、公認資格のない動物園に移住させればトロント動物園の公認資格を取り消すという手段も辞さない構えのようだ。このケースを許すと、キリンやサイなどの大型動物そのものを飼育することが問われる可能性があるからだ。単なるゾウだけの問題ではなく、動物園そのもののあり方について考えるべきだという意見もある。

エドモントンのルーシーの今後についてはカナダ最高裁判所が昨年4月結論をだした。ルーシーはエドモントンに残ることになったのだ。呼吸器に問題をもっているルーシーは移動に耐えられないだろうということが理由だ。ちなみにルーシーにはサマンサというアフリカゾウの友達がいた。ただ、サマンサは6年以上前にノースカロライナ動物園に移住してしまった。今、サマンサは多くの仲間と広いスペースの中で暮らしているという。


 

2013年 1月08日
極寒のゾウたち その1
     
トカゲ太郎

2007年11月、アラスカ動物園から北カルフォルニアの動物保護施設PAWS(Performing Animal Welfare Society)に一頭のメスのアフリカゾウがやって来た。名前はマギー。 極寒の地から温暖な安息の場所へのマギーの旅は長かった。マギーの生まれた場所はアフリカ南部の国・ジンバブエ。1981年に家族は個体調整のため全員殺されてしまった。その時保護されたマギーは、1983年にアラスカ動物園にやって来た。マギーにはアナベルというメスのアフリカゾウの友達がいた。けれどもアナベルが亡くなった後、アラスカ動物園で過ごした最後の10年間マギーは独りきりだった。仲間を失った孤独と寒さは想像を絶するほどつらかったに違いない。

冬のアンカレッジの気温はマイナス20℃、一方ジンバブエは寒くてプラス3℃。このため冬の間は狭い室内で大半の時間を過ごさなければならなかった。アフリカゾウは一日の移動が長い時で30kmにも達するほど動きまわる。苦肉の策として運動不足を解消するためゾウ用のランニングマシーン?も作られたが、マギーは一度も使うことはなかったようだ。そして、ついにマギーは倒れた。冷たく硬いコンクリートは巨体を支える脚には相当の負担になっていたのだ。

見かねた動物保護団体がマギーの引っ越しを提案した。ところが、4000kmも離れたカリフォルニアにマギーを運ぶ手段がない。陸路は時間がかかるし、航空会社も安全面から二の足をふんだ。そこで登場したのがアメリカ空軍。話し合いの結果、年齢が25歳、体重3.6トンのマギーを運ぶ費用は約2500万円と決まった。マギーをカリフォルニアへ無事に運ぶため、ボーイングAC-17という輸送用の軍用機が使われた。慣れない空の旅だったけど、空軍ができる限り慎重にマギーに接したためか無事にカリフォルニアに到着できた。

ただ、まだ心配ごとは残っていた。PWASの広大な敷地ですでに暮らしている数頭のメスのアフリカゾウと、果たしてマギーがうまくやっていけるのかどうか。でも、結果は1年後のマギーの姿で明らかだった。マギーは地面に身体を横たえて眠っていたのだ。これは信頼できる仲間が近くで見張りをしてくれるからこそできることだから。

めでたし、めでたし。と、言いたいところだけど、この出来事がまた新しい論争を巻き起こすことになった。それはカナダにいるゾウたちのことだ。

   ・・・2月5日のつぶやきにつづく・・・


 

2013年 1月04日
     
トカゲ太郎

パンダとコアラ。この二つの野生動物に共通していることはどちらも主食が決まっていること。パンダは竹や笹、コアラはユーカリの葉。どちらの動物も主食が食べられなくなると死んでしまう。このように動物が決まった食べ物だけか、もしくはそれを主に食べるようになったのは人間のように好き嫌いがあるからではない。進化の過程で決まった食物をとることを選んだからだ。その証拠にパンダの先祖の化石を調べると肉食だった可能性が高いことが明らかになった。他の動物が食べないものをあえて食べることで生き残ってきたといえる。ただ、パンダもコアラも自然環境の変化にとても弱い。生息地の竹が一斉に枯れてしまったことでパンダの数が激減したことは記憶に新しい。コアラも住宅開発などでユーカリの森がなくなり、棲みかも食べ物も奪われてその数を減らしている。

野生動物が自然の中で暮らしていくのは大変なことだ。病気になったりケガをしたりしたらお医者さんに行けばいいというわけにはいかないし、食べ物もスーパーに買いに行ったり、レストランに行って食べたりできない。しっかり食べて休息することで身体の免疫力や回復力を高めて病気やケガに対処しなければならない。自分の身体と仲間の助けだけが頼りだから。


 

2012年12月07日
     

   ・・・前回(2012年12月04日)の続き。

ライオンやジャッカルをブッシュミートとして食べていたかはちょっと疑問が残る。

起こったことは次のような連鎖。

トカゲ太郎

やっぱり肉が多くとれるバッファローやアンテロープなどの草食獣を人間も狙う。そうすると肉食獣のライオンやヒョウ、チーターなどは食べ物がなくなって数が減る。ヒヒは雑食だから植物だけでなく草食獣の肉も食べる。集団で狩りをしたり、鋭い牙で威嚇してヒョウやその他の小型肉食獣の獲物を横取りしたりする。一方ライオンには手も足もでない。強靭な身体のライオンに襲われたらさすがのヒヒもひとたまりもない。ところがライオンの数が減って天敵がいなくなったヒヒはどんどん数が増えた。ヒヒだらけになってしまったある村では農作物が荒らされたり、家の中まで侵入してきて食べ物を盗んだりと迷惑行為を繰り返しはじめた。こうなると狩られるのはヒヒの番だ。かくしてヒヒもいなくなった。

年間の消費量は40万トンという推定があるけど、その数はもっと多いはずだという。ブッシュミートは身体をバラバラにして焼いたかたちとなって市場で売られる。そのためどの動物の肉なのか判定しにくいからだ。ハンター、卸売り、仲買人そしてレストランという商業の流れも確立して、伝統的な狩猟とは比べものにならないくらい取引の量が増えていることも事態を悪化させている。ハンティングも強力なライフルに加えて化学薬品を使う場合も出てきて無差別に野生動物を殺傷してしまっている。

地元の人々がウシやブタなどの家畜が食べられる仕組みをつくることや地元で消費できる 魚の量を増やすことで問題を少しずつでも改善するしか道はない。


 

2012年12月04日
     

人の活動がめぐりめぐって野生動物の数を減らす結果になってしまった例がある。

トカゲ太郎

アフリカの西部、ギニア湾に面したガーナでの出来事。海に面しているガーナは漁業が盛んな国で、人々は身体に必要不可欠な栄養(タンパク質)を魚からとっていた。ところが、外国の漁船(主にヨーロッパ)がやってきてたくさん魚を獲るようになり、2000年代にはその量がなんと50年前の20倍に膨れ上がった。こうなるとガーナの国内用の魚獲が減って、魚の値段はどんどん高くなり貧しい人々が魚を食べられなくなってしまった。

アメリカや日本で行われているようにウシやブタを飼育して食べるという仕組みはガーナやその他のアフリカの国々ではまだまだ不十分なため、普段スーパーマーケットで肉を買うことができないのだ。でも、タンパク質を食べないと人間は生きていけない。そのため止むを得ず、自然保護地区で野生動物を狩って食べることを行うようになった。漁獲量が減ると野生動物の肉(ブッシュミート)の量は明らかに増え、1970年から1998年にかけて行われた調査によると、ゾウやバッファロー、アンテロープ、ライオン、ジャッカル、ヒヒなどの大型哺乳類の数は70%以上激減してしまった。こうなるとガーナの生態系が大きく変わって人々の暮らしにも大きな影響が出てくる。森林や草原などの自然環境はさまざまな野生動物の活動によって維持されているからだ。

カカオ豆で有名なガーナだけど、日本にはイカやタコなどを中心に魚介類も輸出している。輸出や輸入で世界中がつながっている今、遠い国の野生動物の暮らしを守ることと普段の生活とが結びついている。

   ・・・2012年12月07日につづく・・・


 

2012年11月22日

綺麗な人にはお金でなれるけど、美しいひとにはお金ではなれないそうだ。岡山県にある女子大の理事長さんがおっしゃっていた。この方は大変偉い人で、マザーテレサが来日した際には側にいて通訳をされたそうだ。この方のお話の中に次のようなエピソードも出てくる。

トカゲ太郎

この方36才という若さで学長に就任し、風当たりが相当厳しかったらしく挨拶してもまわりに無視されることが多々あった。上司に相談しても「あなたが変われば周りも変わる」とありきたりな返事。 と、ここでこの人の偉いのはそれを真に受けたこと。その日から相手の態度に関係なく笑顔であいさつしたそうだ。その極意は、もしも相手が挨拶しなかったらその分の自分の挨拶は「神様のポケット」に入るということ。そして神様は救いが必要な人にそのポケットから施しができるという考えらしい。

マザーテレサも同じように考えていた。来日した当時、日本中どこへ行ってもフラッシュの嵐だったがマザーはカメラに向かって笑顔を絶やさなかった。ただ、ある時通訳をつとめていた理事長さんにそっとささやいたそうだ。「私はシャッターが一回切られ、フラッシュが一回たかれる度にひとつの魂が神様のもとに行けますようにと祈っているのです。」
理事長さんはマザーテレサがいかに公衆の面前にさらされるのを嫌がっていたか側にいて感じていた。それでもマザーは自分が我慢すれば路上で人知れず亡くなる人の魂が救われると信じていたのだ。

でもちょっと待って、学長さんにもマザーテレサにも施しがいかないから不公平じゃないの? だってそこまで見知らぬ人のために考えているのに。でもそれでいいらしい。だって神様は人間と違って忘れっぽくないから。


 

2012年11月11日

全国学力テストは2007年から始まった。以前にもあったようだけど競争の激化につながるということからいったん廃止された。ところが、学力の低下を理由にこのテストは復活したのだ。対象は全国の都道府県の小学6年生と中学3年生。義務教育の成果をそれぞれ測りたいと考えてのことだろう。

トカゲ太郎

さて、全国で同じテストをするのだから当然順位が決まってしまう。トカゲ太郎の出身県は中の下。この結果を見てがっかり、というより「よしよし」という気分になった。だって今より少しでも勉強すれば確実に順位は上がるし、今だって決して悪いわけではない。つまり自信をもっていいとうことだ。一方、これは大変だと思ったのは最下位の県ではなくて上位3県の方だ。だってこれ以上順位を上げることはできないか困難だし、何より下げられないというプレッシャーがあるに違いないからだ。もちろん生徒さんや先生方の努力は評価されていいし、自信を持てると思う。でも、順位にこだわると大変なことになるのではないか。もっとも特別変ったことをするのではなく普段通りにしていたら結果的にいい順位になったというのであれば問題ないけど。

ノーベル賞や世界の大学ランキングだとかいろいろな賞や順位で評価を得るのはある意味いいことかもしれない。けれど、ノーベル賞何人とか、世界で何位以内とか、それが目的になってしまうと未来につながるものが生み出されるのか疑わしい。誰かの作った尺度に合わせるあまり自由な発想が制限される可能性があるからだ。

そもそもテストや順位はあくまで相対的なもので、基準がかわれば結果はコロコロ変わる。1番が最下位にドンべが一番にだってなる。要は自分の考え方次第。


 

2012年10月22日

野生動物の行動と飼育動物のそれとはとは全く違う。まず飼育動物は限られた空間の中で生きているということ。食事や一日の生活がコントロールされているということなど、大自然の中で暮らすこととは大違いだ。だから当然、飼育動物の行動パターンを野生動物にあてはめることは無理がある。例えば、オオカミが群れを作って行動し、アルファのオスがボスとなって群れにピラミッド型の階級ができている、というオオカミの習性は飼育下で観察されたもので、野生では必ずしもそうではない。

トカゲ太郎

ゾウやクマ、ライオンなど、大型の哺乳動物の行動範囲は広い。とっても広い。アフリカライオンの群れはだいたい160平方キロの縄張りをもち、アメリカクロクマのオスにいたっては300平方キロ以上と推定されている。その中でエサを探したり、水場を探したりしながらウロウロと移動し続けるのが彼らの日常なのだ。一方で、飼育動物の行動範囲は制限されている。いくら食事や他の動物から襲われる心配はないにせよ、ストレスがたまって当然の環境下におかれているといっていい。中には本来単独で生きている動物を複数飼っている場合もあるからなおさらだ。

大型の哺乳動物は本来飼育には向いていない。ただ、飼育下で生まれてしまった動物たちが野生で暮らすことは難しい。だからこそ、できるだけ自然に近い環境を目指して飼育して欲しい。


 

2012年10月 3日
トカゲ太郎

トカゲ太郎が中学生だった頃つまらないことで、友達とケンカをした。顔中傷だらけで先生の前に突き出されて、その後さんざん絞られた。ケンカした友達にはとてもすまないことをしてしまったが、その友達はゆるしてくれた。

数日後の体育の授業。あの時怒られた先生が担当だった。この方は今ならばスキンヘッドと呼ばれるような恐ろしい形相の先生で生徒たちも絶対にたてつくようなことはなかった。さて、その日は跳び箱の時間で結構高い段を飛ばされてみんなうんざりしていた。いよいよ自分の番になった時、何とか自分の力で飛びたいと思って跳び箱の横にいる補助の生徒に離れてくれるように頼んだ。失敗したらかなり痛いが、しょうがない。思い切って飛んだ。やったー、大成功と心の中で喜んだ。あくまで自分の中だけの話だ。すると例のスキンヘッド先生が「あいつみたいに勇気をもって補助なしで飛んでみろ」とみんなに言った。人ごとかと思っていたらアイツって俺のことかとびっくりした。

些細なことだけど、怒った生徒をフォローしてくれたのだろう。スキンヘッドはとても繊細な先生だったのだ。アホな生徒の心の内まで気遣ってくれたのだ。無骨で恐いけど思いやりを何気なく見せてくれる先生が今でもきっとどこかにいると思う。


 

2012年 9月26日
トカゲ太郎

なぜ恐竜や化石について調べる必要があるのか。地球の過去を生物のたどって来た道のりで知るというのも理由の一つだと思う。でも地球の過去を知ってどうするの? という疑問も出てくる。歴史を知って未来を予想できるからという答えもあるかもしれない。でも、今のところ100年も生きられる人はたくさんいないし、地球の歴史から見たら人の一生は短か過ぎる。ではいったいどうして?

もしかすると地球の物語を楽しむためかもしれない。詩や小説、マンガそれぞれ生きていくのに本当は必要ない。恐竜も化石もその点は同じだ。でも、違うのは詩や小説、マンガは人間が作るけど、恐竜や化石は自然が創造したということ。だから恐竜や化石のことを調査したり研究したりすることは地球の物語について自然から教えてもらっているということになる。それでも壮大な自然のことを知ることは難しいし、科学で解き明かせないことはいっぱいある。だからみんなで考えるのが面白いのだと思う。

大切なことはこれが絶対ということはありえないということ。それを恐竜たちは教えてくれている。だって織田信長公に「こんな生き物が1億年前にいました。」っていったら信じてくれたかなぁ~。あっ、信長だったらもしかすると・・・


 

2012年 9月13日

英語は難しい。コロラド大学のマーク・べコフ教授は長年、動物の行動や感情について研究を続けてきた方で、「動物の命は人間より軽いのか」などの著書も多い。べコフ教授は徹底的な科学的アプローチで動物には人間と同じような感情があることを証明している。そんなべコフさんだから理系人間なのかと思いきやそうでもない。ユニークなのは言葉の使い方にもかなり配慮していることだ。

講演のために移動中のべコフさんは空港で偶然、女性編集者の隣に座った。そこでべコフさんは「なぜ動物の関係代名詞に which を使うのですか? 動物はモノではないのだから who でしょう。」 と尋ねたそうだ。

トカゲ太郎

そう、文法では動物の関係代名詞は which で、代名詞は it だ。だからべコフさんの主張はお門違いなのだ。でもそんなことは百も承知でべコフさんは訴えているのだろう。人の行動を変えるにはまず言葉からとういことらしい。

とはいえ、言うのは簡単。英語圏に育った人だったら。だって性別がわからないことがままあるから彼とも彼女とも言い難い。仕方がないから they にしよう。


 

2012年 8月 1日
トカゲ太郎

もう10年前ぐらいになるけど、イタリアで電球を買った時のこと。おばちゃんに「これと同じ電球をください」と古くなった電球をさし出すと、ちょっと待ってねとゴソゴソやり出した。たぶんこれだろうと棚から取ってくれたのはいいけど、次になんとソケットを引っ張り出した。試しに点灯しようというのだ。こんなことは初めてなので「大丈夫かな~」と思っていると。パッと電球が燈った。おばちゃんも「やったね!」と得意げで、「はいどうぞ」と渡してくれた。たった電球されど電球。その丁寧さに驚いた。ほかの店で卓上ライトを買った時も同じ対応だった。でも、そちらでは明り点かないハプニングで店主も冷やっとしていた。

日本では考えられないようなのんびりしたサービスだけど、いつも質の高い在庫をそろえる余裕何て考えられないのだろう。でも、これはこれで人と人との交流があって良かった。今、ヨーロッパは大変な危機に見舞われているけど、イタリアにはあの頃の良さがまだ残っているだろうか。


 

2012年 7月28日

野生動物は弱った仲間を置き去りにするの? 答えはNO。 アフリカゾウはとても頭が良くて弱った仲間を助けるのはもちろん、ライオンに食べられた子ゾウの死体に集まってその死を悲しんだりします。 また、ゴリラはとても家族との絆が強く、母ゴリラが死んでしまったわが子の手や足を動かして何とか生き還らせようとしたり、死体を葉っぱなどで覆って隠したりする。 アフリカンバッファローもライオンに襲われた仲間をみんなで助けるし、傷ついた仲間の傷をなめて回復することを手伝ってあげる。

トカゲ太郎

海の動物も助け合って生きている。 例えばセイウチ。 大きな身体でのろまそうに見えるけど、子どもに抱きながらお乳を与える母セイウチはまるで人間のように優しい姿をしている。 仲間どうしで食べ物を分けあったり、子育てを手伝ったりもする。 ニュージランドでは、なんとイルカが砂浜に打ちあげられて苦しんでいるコマッコウクジラを海まで誘導して助けたという記録もある。

哺乳類だけじゃない。 一羽のカササギ(カラス科)が事故にあって道路に横たわっていた。 すると仲間が数羽飛んできて、しばらく様子を見てから亡くなった仲間のために枝葉を運んできたという。

野生動物のこうした助け合う姿はいろいろなところで観察されている。 人も動物も同じ。 ただ姿形や言葉が違うから動物のことを理解するのが少し難しいだけだと思う。


 

2012年 6月13日

自転車の傍若無人な振る舞いは本当に困る。 確かに車の脇を走るのはとても怖いので歩道を走りたくなるのは無理もないかもしれない。 子どもをいっしょに乗せていたらなおさらだ。 でも、だ。 歩いている側を猛スピードで走り抜けられたらびっくりするし、チンッと警告ベルを鳴らしてどけ―とわが物顔で歩道を独占されると、話しは別だ。
「道路交通法違反だぞー」 と思わず叫びたくなる。

トカゲ太郎

ある日、ガードレールのある道を歩いていたら後ろから自転車の走ってくる音が聞こえてきた。 狭い歩道で横に避けるのもめんどうくさかったので無視して歩いていると、後ろをのろのろついてくる。 「うっとうしいなー」と振り向くと、何と!幼稚園児ぐらいの子どもだった。 これはまずいと思って、すぐに脇によると、次の言葉が何ともグッと来た。 「とおっていいの?」。
まるで心を見透かされたようだった。

丸い透き通った純真な眼で言われて言葉を失い、手で合図してしまった。 「ありがとう」 といって過ぎていくその子のことを一人で大丈夫かな、と後ろ姿を見ていたら先をお父さんが走っていた。 よかったと安心していると、またこの子はやってくれた。
「おじちゃんみたいなひとが道をあけてくれたの」 とお父さんに報告しているではないか。

くっくー「おじちゃんみたいな」とは、何というできた子だ。
悪いことと良いことを子どもはしっかりわかっている。 やっぱりかなわんな。


 

2012年 5月12日
トカゲ太郎

「トランスフォーマー3」を見た。特殊撮影やコンピュータグラフィックスがすごい映画だけど、後半になってくるとやたらとロボットが登場してきて疲れてしまう。 人間ドラマはどうでもいいように感じた。 スティーブン・スピルバーグ制作総指揮だからもう少し効果的にロボットを登場させることもできたと思う。 例えばジェームズ・キャメロンの「アバター」はある程度人間が描けていたし、特殊撮影も見ていて飽きないどころか圧倒される効果があった。

でも、やっぱり大物プロデューサーだからいろんなことを考えなければならないのかもしれない。 ひとつには特殊撮影やコンピュータグラフィックスのシーンを多用すれば、それだけ仕事の機会が増えることや新しい技術も開発できるだろう。 一本の映画がアメリカ映画産業全体の技術の向上につなげられる。 巨大な制作費をかける映画は稼ぐとともに未来の創造もその中には含まれているのかもしれない。 スピルバーグは観客とともに映画に関わるすべての人を背負っているのかな。


 

2012年 4月28日
トカゲ太郎

世の中にはよくわからない人がたくさんいる。 全米で大人気を博したテレビ番組『サインフェルド』の中で、主人公の一人ジョージがラトヴィア正教会の司祭を訪ねる場面がある。 司祭に会って話を聞きたいというジョージに秘書が「今、司祭様は多忙で会えない」と断る。 しつこいジョージが何をしているのかと尋ねると「お一人で忙しくいろいろ考えている」と秘書は答える。 「考えている?」とジョージは困惑する。

言語学者のノーム・チョムスキーさんも同じようなことを言っていた。 講演の合間にわずかな時間ができたチョムスキーさんのところに学生たちがやってきて会えないかと懇願した。 チョムスキーさんはもちろん面会したのだが、「いいのだけど、少し理解して欲しかった」とポロッと言っていた。

何かしているわけでもなく、人に会っているわけでもない。 こういう人たちにとって、ただ一人で「考えている」だけ。 それが相当大事らしい。


 

2012年 3月25日
トカゲ太郎

生きたトラの毛をなでてみたり、ライオンの背中に乗ってみたりする夢のような体験をする人たちがいる。 もちろん特殊な環境で育てられた動物たちだから、人間にはとても慣れているのだろう。 でも、そうした動物たちといえども野生が失われているのでは決してない。 長年、人間同様に育てられたチンパンジーが飼い主の友人の顔に咬みつき、ひん死の重傷を負わせる事件がアメリカで起こった。 チンパンジーの場合、子どもの時期はカワイイが大人になると複雑な感情をもち、ふれあうことなど危険きわまりない。

動物を飼育することから学べることはたくさんある。 ただ、ペットとして飼育できる動物は限られているし、飼育動物から学べることも限界がある。 大切なのは、野生動物が生きていける自然を守ることは人間が豊かに暮らせることにつながる、という思いにつなげることだ。 そうでなければ自由を奪われた動物たちの思いは浮かばれない。 飼いならされたトラやライオンだってたまには 「やってらんねーよ!!」 なのではないか。


 

2012年 2月13日
トカゲ太郎

生態系というのは人のお腹の中にもある。 とても小さいけれどサバンナやアマゾンのような環境が腸の中に広がっているのかもしれない。 でもその中で生きているのはライオンやトムソンガゼルではなくて、腸内細菌だ。 一人の人間の胃や小腸、大腸の中には100種類以上の腸内細菌が暮らしている。 その数なんと100兆! 人間ひとりの細胞の数60兆より多いのだ。

腸内細菌の研究はまだまだこれから進むけど、人に対する影響によって腸内細菌は大きく悪玉菌と日和見菌そして善玉菌に分けられるそうだ。 日和見菌は文字通り、悪玉菌が優勢な時に悪玉に転じる菌だ。 もちろん人間としては健康を保ってくれる善玉菌(ビフィズス菌は有名)にがんばって欲しい。 そのためには腸内の有害物質を外に出してくれる野菜や果物など、お腹にいい食べ物をとることだ。 それと、もしかすると「ありがとう、これかからもよろしく」と自分にお腹の中の善玉菌に向かって感謝すると、その思いが届くかもしれない。


 

2012年 1月28日
トカゲ太郎

バラエティ番組を見ていたら、三島由紀夫という人も自信のない部分があったようなことを言っていた。 「あんなに頭のいい人でも悩んでいたんだぁ~」 と思うと、ホッとした。 でも、よく考えると、頭がいいから次元の違う悩みをもっていた、とも思う。 なにはともあれ、「悩みが少なくて幸せだったらけっこうなことだ―」 と変に納得していたら、そうでもないらしい話しも同じ番組で出てきた。

つまり、悩みごとがあるから若く健康でいられるそうなのだ。 変化の乏しい日常を繰り返していると年齢に関わらず老化が進む。 何か新しいことにいつもチャレンジがいいらしい。

でも、受験を目の前にした人にはアホらしい老人話しにも聴こえる。 それでも、合否に関わらずチャレンジしているそのこと自体が尊いことなのかも。

と、いうことで「偉いひとの考えることはよう分からんなぁ~」 といつもの結論を下してテレビを消した。 あれ? 三島さんの悩みは自分のことじゃなくて他の人ための悩みか。 やっぱり次元が違った。


 

8月28日
トカゲ太郎

メタボを解消するためトレーニングを続けている。でも、大変だ。筋トレはそれほど苦にならないけど、走るのは別。子どものころから長距離走はだいの苦手で、学校でその手の大会があると1週間も前から考えこんでしまう。

大人になってもそれは変わらない。とはいえ脂肪燃焼のため20分間走ると決めて、あと15分、あと10分と数えるものの時間はいっこうに進まない。「まだ10秒もたってないの?」と苦しい息に耐えながら走る。

ところが、時計を見るのをやめてぼんやり「今日はスイカが冷えているぞー」とか「受付のおねえさんがきれいだったなぁ」とか考えていると、「あれ! もうこんな時間」とスムーズに走れる。「やっぱりアインシュタインの言ったことは正しいのだなぁ」と勝手に思い込んでまた走ると「やったー!!」20分はとうに過ぎていた。

ちなみに楽しいことだけではなくて悩み事を考えていてもやっぱりうまく走り切った。時間というのはいったいどうなっているのだろう。


 

2011年 3月26日
トカゲ太郎

「ランゴ」という映画を見た。ジョニーデップがカメレオン役で活躍するアニメーション。インダストリアル・ライト&マジックが制作しただけあって映像がすばらしかった。スターウォーズのパロディみたいなシーンは迫力満点。物語は大人向けだけど子どもも楽しめると思う。

ところで映画の後半でこんなシーンがあった。主人公のカメレオン・ランゴがどうしようもない状況におかれた時のこと。クリントイーストウッドのようなキャラクターがランゴをこういって勇気づける。

「まったく!まだわからないのか。これはおまえ自身のためじゃなくて、かれらのためだってことを。」

この言葉にハッと気づいたランゴは再び立ち上がる。とっても感動してしまった。


 

11月30日

国際連合のユネスコが登録する世界遺産は、自然、文化、複合(自然と文化)の三つに分けられている。 その中の自然遺産については国際自然保護連合(IUCN)が候補にあがった地域の評価を行う。 評価の基準は、地球の歴史がきざまれた地形や地質をもっているか、または進化の過程を示す生態系や動植物群をふくんでいるか、未来世代に残したい美しい景観を保っているか、など。 現在180の地域が登録されている。

ところで、専門家が自然遺産の森に入って行って「この樹木は世界でここにしかありません」という言葉をよく聞く。 でも、言われている樹木からすれば「あなただって世界に一人しかいないでしょう」というかもしれない。 つまり自然遺産に登録されていなくても生まれる時期や場所、育つ環境や育ち方はそれぞれ全く違うから、「世界で唯一」になるのは当たり前なのではないか。

偉いお坊さんがこんなことも言っていた。 「今朝、あなたが花を見たのではなくて、花があなたを見たのです。 そして今朝、花が見たあなたが今ここにいるのです。」 なんだかとっても難しいけど、なんとなくわかるような気もする。 そう、回りの自然や人が今の自分自身をつくってくれているのかな。


 

10月29日

ザトウクジラザトウクジラを取材するためカナダ、バンクーバー島のビクトリアに行ってきた。 一回でもその姿を見るとその魅力にとりつかれると聞いていたけど、やっぱり本当だった。

ところで今、生き物の大切さがいろいろ話し合われている。 世界各地の自然の森林とそこに暮らす生き物たちが、医薬品や食料品、化学製品などあらゆる分野で人の役に立つ知識や資源をあたえてくれるからだ。 でも、こうした考えはごく最近になってはじめて広がったもの。 なぜなら大自然を相手にした調査・研究には多くの費用となにより長い時間がかかるからだ。 ザトウクジラが定期的に見られるようになったのもクジラの専門家だけでなく、漁船や貨物船、海上パトロールなど海にかかわる人々がさまざまな情報を集めてくれた結果だ。

今後、自然環境や生き物が守られて、調査・研究が順調に進んだとしても生き物の恵みが人々にもたらされるにはやはり時間がかかる。 でも、そんな手間ひまをかけなくても人は無意識に自然から大きな力をもらっていると思う。 花や紅葉を楽しんだり、シュノーケリングでサンゴ礁を探検したりするなど、“見る” や“感じる”ことで大切なものをもらっている。

もちろんザトウクジラを見るのもいい。 でももっと身近かにだっている。 そう、草の陰で歌う虫の声で心洗われる人は多いと思う。


 

10月14日
トカゲ太郎

トカゲ太郎が大好きな北斗の拳でこんなシーンがある。 主人公のケンシロウとその兄ラオウとどちらが暗殺拳の伝承者としてふさわしいか、老師が試験をした。 それは凶暴なトラを自分の拳でねじふせるというものだ。

まず、ケンシロウがトラの前に立つと最初は激しく威嚇していたがそのうちおとなしくなった。 次にラオウの番になると同じようにトラは猛烈な怒りをあらわにしたが、すぐにラオウの恐ろしい眼光で恐怖のあまり動けなくなってしまった。 そしてラオウは動けないトラの首を拳ではねた。 もちろんケンシロウが伝承者に選ばれた。

最近、中国武道の暗殺拳を修行中の人に会った。 いつもヘラヘラしていて全く強そうでないから、本当かなぁーと半信半疑だった。 でもなんとなくこれは本物だと気づいた。 暗殺拳は何も人に気づかれずに後ろからブスッというものではないのだ。 相手の殺気や攻撃する意思を失わせることがその極意。 それも相手がまったく意識しないうちに。

気づかれずに人の心を斬る。 相手を生かして自分も生きる北斗の拳の奥の深さに中年になって驚いたトホホなトカゲ太郎だった。


 

8月13日

トカゲ太郎はくだものが大好き。 今はメロンにナシ、桃にブドウとまさにくだものの季節だからうれしいのなんの。 なかでもスイカは毎日食べないと禁断症状が起きてしまう。 あんまり好きすぎて赤身の部分はもちろん、白いところまで皮がピラピラになるまで食べる。

トカゲ太郎

ところで中国のモデルさんの中にはダイエットのためにスイカを食べる人もいるらしい。 だいたいあの緑色と黒いしま模様、そして丸い姿を見ただけで胸躍る思いがする。 そんなこんなでスイカを食べなきゃいけない理由はたくさんみつかる。

最近聞いた精神科医さんの話でおもしろかったのは、精神病の90%ぐらいの原因は精神ではなく肉体にあるのだそうだ。 だから肉体をすこやかにするための食べ物は何より大切というわけだ。 さあ、スイカを食べよう。


 

2010年 2月2日

「アバター」、久しぶりにすごい映画だぁ~。 自然や生き物の描写がまるで本物みたいで、映像が本当に美しかった。

ところで映画の中でマイルズ・クオリッチ大佐という実に嫌な奴が出てくる。 とにかく自然は破壊しまくるし、生き物は平気で殺すし、話し方も憎らしくてこのヤロー早く ・ ねーといいたくなる。

トカゲ太郎

でもこの役を演じた俳優さんのインタビューを聞いたらなるほどね~と、感心してしまった。

クオリッチ大佐は任務を遂行する軍人としては最高の人物なのだそうだ。 作戦を指揮する際のぶれない意志の強さ、決断力、勇気と行動力、すべてを備えている。 しかも部下を戦場に送って自分はコーヒーを飲みながらふんぞり返っている、なんてことは絶対にしない。 自ら銃をとって率先して敵に向かう。 戦場で上官に命を預ける兵士は、この人ならば付いていこうと必ず思う。

「いや~カッコイイ」 とコロッと自分の意見を変えてしまう意志薄弱なトカゲ太郎なのであった。


 

10月13日

三本足の鶏

どこかのお坊さんの話だったと思う。 ニワトリには三本の足があるという。 もちろんニワトリの足は二本だけど、では三本目の足は何かというと、それは命。 死んだニワトリは立たないからだそうだ。 なるほどねぇーと感心しながら想いを巡らしていると、数年前に聞いた話を思い出した。

何かの機会に先生が子どもたちに動物の絵を描かせると、ある子供が3本足のニワトリを描いた。 当時は近頃の子供は動物とふれ合うどころか見ることもなくなったんだ、と寂しい思いがした。

でも今考える考えると実はこの絵、子どもの自由な発想から生まれたものだったのかもしれない。 ニワトリを生き生きと描こうとしたら、直感的に足を一本多く描き加えてしまったのかな、と思う。 そういえばシャガールの絵で6本指の人がいた。 あれはあれで意味があるのだろうけど。

もちろん、生き物をよく観察して正確に描くことは大切。 でも、青いライオンとか金色のゾウさんとか描いてみたくなる気持ちも何となくわかる。


 

8月25日

またまたK君のお話。 中学まで同じだったのに違う高校になってしまった。 トカゲ太郎が高校受験で落っこちたからだ。 K君は恵まれた体格と運動神経を生かして高校ではラグビー部に所属。 3年生の時にはなんと花園出場の夢をかなえた。 ちなみに高校ラグビーでは花園ラグビー場は甲子園。

その出場を決めた県大会決勝戦。 相手がペナルティー・キックを入れたら逆転負け、はずせば花園。主将のK君は輪の中心になって見守っていた。 トカゲ太郎もサイドラインから固唾を飲んで楕円球のゆくえを追った。 松任谷由美さんの「ゴールをそれたー」そのままの劇的なノーサイドだった。 これで感動したトカゲ太郎もラグビーを始めてしまった。(文化部にしておけば女の子がいたのに。 悔やまれる。 青春を返せ~K!!)

トカゲ太郎 さてK君には中学の頃、どうしても忘れられないマドンナがいた。 確かにかわいくて評判だったためライバルも多くK君はあえなく撃沈してしまった。

花園を決めた後K君の家でラグビー談義をしていると、なんと例の撃沈子から電話が。

「これは面白いことに・・・」と思っていたら、「あっそ、チン」とあっさり電話を切ってしまった。 「どげんしたか?」と聞くと、「おめでとうだって、今さらなぁ」とKはさばさばしたもの。

トカゲ太郎だったら友情もそっちのけで愛情に走るのにその時のKはとってもカッコよかった。 ちなみトカゲ太郎のラグビーはに不純な動機がたたってか花園の“は”の字どころか一回戦で撃沈してしまた。 当然電話など鳴りもしなかった。


 

8月12日

テイラー・スイフトというおねえさんが歌っている 「LOVE STORY」 というのはとてもいい曲だ。 ロミオとジュリエットの次第に深まる思いを、だんだんテンポを上げながら歌っていく。 「必ず会いに来てね。 だってこれはラブ・ストーリーだから」 とロミオにささやくジュリエット。

ところで、トカゲ太郎が小学2年生のころ、親友のK君が興奮しながらきのうお母さんと一緒に見た映画の話をしてくれた。 K君はとても感受性が豊かなのでこういう話を聞くと、その表情をみているだけで楽しかった。

「なんか男の人と女の人が出てきて。 わぁーってなって。 そして他の人たちが騒いで大変みたいになって」
目をまん丸にしながらしゃべりまくるK君。
「それでそれで、最後はどうなったの?」
内容はわけわからんがなんだかおもしろくなったトカゲ太郎。
「うん。 それで、それで、最後は男の人も女の人もなんか倒れて、みんなわぁーってなって・・・お母さん泣いちゃった。」

「お母さん泣いちゃったの!それはすごいね!!」

だってラブ・ストーリーなんだから。


 

7月2日
熊本城

熊本を訪ねた時のこと。 やっぱり熊本城は見逃せないので行ってみた。 熊本の人はこのお城を築いた加藤清正公をとても慕っているようで街のいたるところで清正公の名前を見つける。

お城の入口でいきなり今も石垣に残っている西南戦争の焼け跡を見てびっくり。 ところどころにいる案内役の人が見逃しそうな石垣の歴史を教えてくれたからよかった。

やっと天守閣まで登って熊本市内を一望。


爽快な気分で眺めていると後ろから 「今日は黄砂で眺めがあまりよくない」 と案内のおじいさん。 なんだか水差すなぁと思ったけど 「どちらが田原坂の方角ですか?」とたずねると、 「あちらの方だけど、ありゃ阿蘇山もじぇんじぇん見えね。」 と、またまた文句。 そして今度はおじいさんが 「宇土櫓はもう見たかね?」 と聞いてきた。 「いえまだですが・・・」 というと間髪を入れずに 「それはお話にならんね。 じゃあ本丸御殿はもう見たの?」 というので 「いえ、まだですが・・・」 といいかけたら 「それは話の種にもなんにもならん」 と断罪されてしまった。 「ここはどうでもいいから早く宇土櫓に向かいなさい」 とすすめてくれた。


「どうでもいい・・? まぁいいか」 と思ってすすめられるままに行ってみた。 すると戦国時代から今まで残っている唯一の物見やぐらで国の重要文化財なのだそうだ。 本丸御殿も壮麗なふすま絵があって見ごたえ十分。 勉強不足ですみません、おじいさんに感謝。


 

5月31日

緑がどんどん濃くなるこの季節、動物も活発になる。 部屋でボケーと本を読んでいると目の前にツツーと何か現われた。 体長1cmにもみたない小さなクモ。 「突然ですが」 と言いたげに目の前でユラユラしている。

「何だかなぁ~」 と思いながらも、外に出したほうがエサもあっていいだろうと、そーっと糸を指にからませてクモを糸ごと捕まえた。 ところが窓にたどり着く前に糸がプツンと切れてクモはどこかへ行ってしまった。

次の日、またしてもクモは 「オジャマ~」 と目の前に現われた。 「よくわからないやつだなぁ」 と思いながらも今度は慎重に行こうと、クモが警戒しないように上下に糸を動かしながら持った。 クモは揺れる糸に 「ウァ~ウァ~」 としっかりつかまっていたから今度は成功。 クモは元気に走り去っていった。 よかった、よかった。

と、今度は近くの公園を歩いていると、ガサガサという突然の物音。 「ウァ~」 とびっくりして、音のした方向を見るとなにやら縄のような。 なんだヘビかと思った。 ネコかなんかが立ち去ったんだ、 と思ったら、縄が動いた。 やっぱりヒェ~ビだ~。 体長150cmはあるたぶんアオダイショウだ。 ヘビのほうも驚いたようすでスルスル茂みの中に姿を消してしまった。

やっぱり生き物がモシャモシャする季節だ。


 

2月20日

イギリスにあるガトウィック空港からヒースロー空港に向かう時のこと。 バスで移動するため停留所を探していたらそれらしい大型バスが目に止まった。 近くに出発待ちをしているらしいおばあさんがいたので 「このバスはヒースロー空港行きですか?」 と尋ねてみた。

すると 「アンだって?」 と志村けんさんのようなリアクション。 ベタベタのカタカナ英語を改めて舌を上の歯に付けて 「ヒィースゥロウー」 と言ってみたものの、また 「アンどぅあって!」。

すると見かねた老紳士が横から 「ヒースローに行きたいみたいだよ」 とおばあさんに言うと 「あぁ~そうだよ」 とこれまたつれない返事。 それから 「どこで切符を買えばいいの?」 と尋ねると、またまた老紳士が通訳してくれた。 すると 「あたしゃ知らんがな」 というお返事がかえってきた。 老紳士はこれをまた訳してくれて 「運転手に直接払えばいい」 と親切に教えてくれた。 直接この紳士に聞けば話は早かったけど、そうゆうわけにはいかない。

一応英語をしゃべっていたつもりなんですけど・・・

おばあさんと老紳士に“センキュー”


 

2009年 1月21日

ハドソン川に不時着することになった原因は、カナダ雁の群れだといわれている。 カナダ雁は翼を広げた大きさが130cm~180cm、体重が5kg~6.5kg。 パイロットの証言によると離陸したあと鳥の黒々とした群れが飛行機に迫ってくるのが見えたらしい。

そもそもこうした鳥との接触は1990年から2007年の間に47000件以上起きているという。 そのうち500件近くが重大事故につながりかねないものだっだ。 事故はだいたい離陸したあと低空で飛んでいる間に起こっている。 空港が水辺の近くであったり、芝生が広がっていたり野鳥にとって生息しやすい環境であることが接触を起こしやすくしているかもしれない。

事故をなくすための研究が進んでいるが、一例としてトロント空港の鷹や隼など猛禽類の活躍がある。 鳥の群れを追い払うため明け方と日没に空へ放たれる。 飼育されている猛禽類は、車との接触事故などで保護され、野生に帰すことが難しくなった鳥たちだ。

でもカナダ雁ぐらい大きな鳥が群れで飛んでいるとオオワシやイヌワシほど強力な鳥でないと驚かないのかもしれない。 何しろカナダ雁たちはトロントの公園で人がいても平気で芝生をつついているし、近づくと逆に威嚇するぐらいだから。 もちろん、とてもおとなしい鳥たちだけど。 ちなみにトロント動物園の写真館にムースといっしょに映っています。


12月8日

ジー、ジー、ジー!! 10月半ばまで一生懸命鳴いていた。6年間も土の中にいて、生涯の最後を飾るため太陽の下に現れる。 真夏の猛暑の日、「うるせぇなぁ~」と思ったりもするけど、聞こえなくなった沈黙の夏はもっと怖い。 ポコポコとサナギが這い出した穴が土の上に開いている。 暑さがやわらいでも、セミの合唱は夜になっても終わらない。

それでも台風が来てひと雨ごとに鳴き声は小さくなっていく。 ハラハラと黄色や赤の枯れ葉が舞って、木の下ではそれを子供たちが集めて喜んでいる。 やがて木々は枝だけになった。 ところがセミの抜け殻は、まだしっかりつかまっていた。 中身はとうに天に旅立っていっただろうに。。。


11月20日

ちょいメタボを解消すべく水泳を始めた。 子どもの頃から泳ぐのが大好き、海にプールに夏は毎日水遊びだった。 歳を重ねると海が遠くなってしまったが、健康診断でメタボ気味を指摘されて奮起したのだ。

やっぱり昔泳いでいたから自信満々。 となりで泳ぐお年寄りや子どもたちに 「あんまり無理しないでね」 と思いつつ。 さあ~まずは25m!! と思っていたら、向こう岸が意外と遠い。 やっとのことでたどり着いた。 それなら得意のクロール! とスタートしたら耳に水が流れ込んできて 「うわぁ~おぼれる~」

ジタバタやっている横を小学生やお年寄りがすいすい泳いでいく。 「く~なんたる屈辱!!」 とムキになって速いコースで泳ぎだしたら 「あの~すみません。 ここはターン禁止です」 と指導をくらった。

ブランクは長かった・・・まずは水に慣れるところから。 すると、「そら、どいてどいて」 とおばあさんが彼方に泳いでいった。


11月3日

トカゲ太郎が子供の頃、NHKで 『大草原の小さな家』 というアメリカのテレビ番組をやっていた。 開拓時代のアメリカに生きる家族の姿を描いたこの番組は、主人公の女の子ローラの可愛さもあって当時大人気だった。 人種問題や性差別など社会問題についてもしっかり描いていて、子供のトカゲ太郎はわからないながらも 「フ~ン。」 と関心しながらよく見ていた。 

ある日、ローラが好きな男の子に告白するエピソードがあった。 トカゲ太郎の好みは、ローラのお姉さんメアリーのほうだったが、やっぱり主人公のローラの淡い恋の行方についても気になった。 いよいよそのシーンになった時、トカゲ太郎は恥ずかしさのあまりそこらへんにあった毛布を頭の上に思わずかぶせてしまった。 そこへ、強烈な現実の一撃をトカゲ太郎はくらった。 ウチのお母様が、「あんたが恥ずかしがってどうするかね?」 といらんことを言ぅてしもうたのだ。 

宿題をしないでテレビを見ていたトカゲ太郎も悪い。 しかし、このタイミングで言うことはなかろう。 まぁ、いいけど・・・ 

それにしてもこんなパパはおらんがな、 と思うぐらいローラのお父さんはカッコよかったなぁ。


9月19日

関西には面白い地名がある。 例えば“膳所”、ぜぜと読む。 電車の中で、発音が面白いから一人で 「ぜぜ、ぜぜ」 とつぶやいていたら、目の前に座っていたおばちゃんが不思議そうに見ていた。 

北米を横断する長距離バスに乗っているとき、ワラワラという地名の街を通った。 これも面白いから、「ワラワラ、ワラワラ」 とつぶやいていたら、気がつくとみんな 「ワラワラ・・・」。 夜のとばりの中を走り抜けるバスは、カエルの合唱のようにところどころで 「ワラワラ」 「ワラワラ」 「ワラワラ」。

思わず言いたくなるんだよね。 


8月2日

上野公園にある国立科学博物館に、江戸時代の女性のミイラがある。 この女性の髪の毛や爪を分析すると、女性が魚介類を中心とした食生活をしていたことがわかった。

大学生の集団の一人がそれを聞いて 
「へぇ~そんなこともわかるんだー。 だったら私が “発見” されたらこの女性のタンパク質の源は肉でしたってなるのかなぁ~ 栄養状態は良好! みたいな」 
とつぶやいた。  

江戸時代の女性の方は栄養不足で歯槽膿漏の痕もあるという。身長も135cmととても小柄だ。    館内はほとんど写真撮影O.K.でも、この女性だけは許されていない。 なぜなら200年足らずしか経っていないので子孫が見つかるかもしれないから。  写真が撮れないことを不思議に思った女の子が 「もう天国にいるから?」 と言った。

ちなみに科学博物館>上野動物園というコースはおすすめ。


7月10日

夕暮れ時のスーパーにて、
ブナシメジって、なぁ~に?」 と、ぶなしめじ98円を見ながら聞く子供。
お母さんはグレープフルーツを買い物かごに勝手に入れる弟を止めるのに 忙しい。

お魚コーナーでは、「お刺身おいしいよね!」 (お刺身たべたいな) と、お母さんを見つめても 「そうね美味しいねー」 とあっさり却下。

帰り道。 「夏休みって、短いよねー    パーとすぐ終わっちゃう」
「そうね~ 短いね~。     えっ?
我にかえったお母さん、「短くない!! 長い長い! だいたいアンタまだ始まってもいないじゃない。 よけいなこと言ってないで・・・」

梅雨の中休みの夕暮れは本当にキレイだなー。


6月24日

いくら麻薬捜査官とはいえ、証拠無しに突然他人の家にドカドカと押し入るわけにはいきません。 そこで捜査で疑わしいと思われる住居の周りでじっと待つ。 そうすると、どの家にでもいるようなハエが、そのアジトからぶ~んと飛んでくる。 このハエをまずお縄にするのだ。 数匹確保したら科学捜査班の出番。 飛散した麻薬の粉が、ハエの身体から発見されたらいよいよ大捕物の始まり始まり。 (捕まっていたハエたちは自由の身となる。) 現代は蝿形平次の時代みたいだ。  これはアメリカのお話。


5月31日

ある人が砂浜を歩いていると、海に向かって石のようなものをしきりに投げている男の人を見かけた。 近づくと、男の人が浜にうちあげられたヒトデを掴んでいるのが見えた。 

「何をしているのですか?」 
「潮が干く前に海に戻さないと、死んでしまうからね」 
「ヒトデはそこらじゅうにいますよ。 とてもじゃないけど全部は助けられない」 

手のひらの上でゆっくり動く一匹のヒトデを見ながら、「でもこの一匹は助かるかもしれない」 

ラジオで聞いたお話でした。


 

5月4日



市川市動植物園を訪れた時のこと。 毎週のようにイーバンに会いに来ているカップルがいた。 話してみると、「雄のオランウータンはほかの動物園にもいるし、別に珍しくない。 でも、イーバンはイーバンだから。」 という。 イーバンもこのカップルが大好きで、訪れると必ずあいさつに近寄ってくる。 

リンリンはリンリン。 他のパンダでは代わりは出来ないと思っている人は、多いかもね。 カメラを向けた時、 こっちを向いてくれた時のことが忘れられない。


4月28日

北米でのおはなし。 

化石から採集したタンパク質の細胞を分析したところ、鳥類はティラノサウルスの子孫であることが判明したそうだ。 今までは骨格の形から恐竜は鳥類に近いと考えられていたが、今回の研究結果で分子レベルでもそのことが証明された。 ということは、ティラノサウルスは絶滅したのではなく、体の大きさを小さくして、ニワトリとなって生きながらえている事になるから面白い。 

ティラノサウルスのお味はフライドチキンかもね。


3月31日

動物園で、余生を迎える動物が増えています。 でも、野生ではないため、人間と同じように身体が老化と共に次第に不自由になってきます。 例えばシカゴ動物園では高齢のクロヒョウが関節炎でリハビリを受けたり、目が不自由になったゴリラがいて、飼育員さんたちのお世話になりながら穏やかな余生を送っています。 動物園の世界でももう既にお客さんの前には現れることが少ないこのような動物達も長生きをしていい一生が送れるようになれたらと、思います。

ところで、シカゴは3月29日のアース・アワーに参加していました。 ちなみにトカゲ太郎も、たまたま立ち寄ったトロントでこのイベントに参加しました。 寒い中、大勢の人たちが1時間の暗闇を楽しんでいました。 トカゲ太郎も、楽しみながら暗闇の写真を撮りまくりました。  出来た写真は真っ暗なんだ~。

←トカゲ太郎が撮影した街の写真。 暗闇の中に、CNタワーがそびえたつ。 その手前のビルも、真っ暗。

アース・アワーとは?
地球環境改善の運動として3月29日の夜8時から9時まで、世界各地が消灯に協力しました。 オーストラリアのシドニー、デンマークのコペンハーゲン、イスラエルのテルアビブ、アメリカのサンフランシスコやシカゴ、そしてカナダはトロント、オタワ、バンクーバー、日本は杉並区をはじめ、世界の多くの都市が公式に参加しました。


3月13日

昔々あるところに年老いたヘビがおりました。 ヘビはこのところ何日も何日も食べていません。 老いたために狩がうまくできなかったからです。 お腹が空いたと草むらをうろうろしていると、ネズミが目の前に現れました。 「ネズミはすばしっこいから一回でしとめないと逃げられてしまう」 と機会をうかがっていました。 と、そこへネズミの向こうに人間の足が見えるではありませんか。 「これは困った。 よし、人間が去ったら」 とヘビは身構えました。
 ネズミはヘビと人間に気づいていましたが、足を怪我していて思うように動けません。
 その時突然人間がいなくなりました。 「ああ食べられる」 と思った瞬間、なんとヘビはネズミの横をすりぬけて行きました。 ネズミはキョトンとしながらも 「助かった~」 と胸をなでおろしました。
 ところは変わってあるところに生き物が好きな心のやさしい女の子がいました。 でもこのところ悪夢にうなされてよく眠れません。 両親が心配して理由を聞くと、遊んでいて誤ってカエルの頭を踏んでしまい、そのカエルが夜な夜な化けて出てくるのだという。
 両親はなんだそんなことかと笑って気にかけませんでした。

ところがこれを見ていた大黒様が女の子がかわいそうだと、その夜夢の中であの時のヘビとネズミを見せてあげました。 ヘビは頭のひしゃげたカエルがネズミの向こうに見えたので 「あっちのほうが食べやすい」 とペロリとたいらげたのでした。

これを知って女の子はニッコリ笑いその夜からぐっすり眠れるようになりました。

えっカエルはどうなったのかって。 もちろん、王子様に生まれ変わりました。

おしまい。


はらまち子さんから教えていただいた子供のころのカエルに関する思い出をヒントに、トカゲ太郎がお話をつくりました。 はらまち子さんは、沢山の動物の絵をお描きになられます。 みんなの美術館でも展示中。


2008年 2月21日

諮問会議の女性議長は念を押すようにたずねた 
「ではわがアメリカ合衆国の軍隊がコロンビアに派遣されるようなことはないのですね」

ジャック・ライアンは戸惑いを隠せない様子で 
「なぜそのようなことを何度もお聞きになるのですか? 失礼ですが議長、何か具体的な根拠があるならお伺いしたいのですが」
「長年の経験からですよ。 長年のね。 ライアン博士」 と女性議長は静かながらも自信のある口調で言った。

ジャックは何だそんなことならという表情で 
「私の得た正確な情報から導かれる分析によればそのようなことはないと誓って言えます」 と軍隊派遣の可能性をあらためて否定した。

結果的にジャックは間違っていた。 そのため彼の親友と多くのアメリカ兵がコロンビアの地で命を落とす。

ジャック・ライアンものの映画の一場面。

ポイントは、女性議長がCIAのエリート中のエリートであるジャックの分析に自らのいわば経験と勘だけで他の委員が見守る中、堂々と疑問を投げかけるところ。 自信がなければ言えないセリフだ。

くわっこいいーと単純に思ってしまった。


12月27日

12月25日のクリスマス、サンフランシスコ動物園で悲しい事故がありました。 アムールトラがどのようにして展示場から逃げたのか、そしてどうして人を襲ったのか、理由ははっきりしません。 北米のメディアでは、警察が犯罪捜査として事件、事故の両面から捜査を進めていると報道されています。 亡くなられた方がいることは、非常に残念なことです。 

トカゲ太郎は、射殺されたアムールトラのタティアナに罪が無いことを信じています。 とても悲しい事件でした。


12月15日

浜松を訪れたときのこと。

明日の取材に備えて 「腹ごしライダー」 と、トカゲ太郎は 「あじ太郎」という店に入った。 やっぱりご当地ものを食べたいからウェイトレスさんに 「浜松の人たちが食べるものは何ですかのぅ~」 と聞くと、 「そうですね、浜松餃子なんかどうでしょう、こっちの人はオヤツがわりに餃子を食べますよ」 と薦めてくれた。 「じゃあ、それを一皿所望いたします」といったら、 「私もここの出身じゃないから良くわかりませんけんどね」 と一言。 

「なんだ、ちぃみわぁー。 それを先に言うでガンス!!」 と心のオタケビを上げたのであった。 でも美味しかったよ。


10月26日

秋田に到着して町をうろうろしているとお堀端に出た。 お城の跡地にある千秋公園の前に広がっているお堀で、八月は蓮の花がみごろだそうだ。 石垣の上の紅葉がきれいだなぁ~と思っていたら帰宅途中の高校生たちがチリン、チリ~ンと自転車で通り過ぎた。

思えば高校生の頃は無許可で自転車通学をしていたなぁ~と訳のわからないことを想い出した。 しかしある日たまたまバスで登校するはめになった。 遅刻ぎりぎりなのでバスが来ないのに焦っていると、目の前にキキーとタクシーが止まった。 そして同じ学校のおねえさんが 「乗ってかない?」 と言うではないか。 「いいんですか?」 といいつつすでに身体はタクシーへ。

綺麗なおねえさんでどきどきしながら 「あの~三年生ですか?」 と聞くと、やっぱりそうだった。 学校に余裕で到着して 「やったー」 と思っていたら、すでにおねえさんは料金を払って行ってしまった。 後日会ったとき返そうとしたら 「いいの、いいの」 とあっさり。

それっきり見かけることはなかったけど、バス通学も案外悪くないと思った。


10月20日

ナマハゲというのは凄まじいネーミングだ。 だって普通禿げはナマなのにそれをもっと生にしたんだから超禿げということなのかなぁ。 でも実際のナマハゲは豊かなシルバーロングヘヤー、よぅわからん。

と、前フリが長くなりましたが秋田の大森山動物園に行ってきたぞ。 ナマハゲはいなかったけど、ライオンがジャンプしたりアライグマがアメリカザリガニを丸かじりしたり ワイルドでエキサイティングな動物園だ。

でも秋田弁があまり聞けなかったのが残念! 通じないから地元の人どうしでしか話さないのだって。 それもそうかと思いつつ、でもそこがいいのにー。 それでも地元の味は旨かよー。


10月15日

最近類人猿を見ていて妄想が浮かんできた。 ゴリラさんの鼻毛は伸びないのかな? とか、オランウータンさんの体毛は伸びすぎたら散髪するのかな? とか。 大きなお世話!! かもしれないけど、不思議。

散髪といえば、トカゲ太郎も若い頃はおしゃれしようとしていた。 ビューチー・サロンのようなところに行って、このようにカットしてくだされと写真を見せた。 写真の主はアーノルド・シュワルツネッガー。 なんたるリクエスト! 美容師さんが 「はぁ~」 と言いながら 笑いをこらえていた。

それでもさすがはプロ、 トカゲ太郎の猫毛の前髪を見事に立たせて、髪の毛だけはアーノルド君にしてくれた。 あの頃のアーノルド君はターミネーターとかコマンドーで流行ってたんだけど、なんちゅう思考回路の単純さ・・・


10月10日

近頃スーパーで外人しゃんをよく見かける。 英語のセンセかのぅと思っていると、Tシャツから突き出た二の腕いっぱいにカラフルな彫り物が描かれているからびっくり! やっちゃんの留学生かなぁ~、違うだろー!  とにかく外人しゃんは珍しくなくなった。 しかーし! トカゲ太郎がガキンチョの時は極めて稀な存在だったのだ。

たぶんあの人たちはモルモン教の伝道お兄さんだったと思う。 たまに近所をチリン、チリーンと自転車で走っていた。 トカゲ太郎と仲間たちはそうゆうお兄さんたちを発見すると 「オッ!ガイジン!」 (なんじゃそりゃ!) とこちらも自転車で近づいていって決まって 「ディスイズ ア ペーン ! サンキュー ベリーマッチ !」 と当時流行っていたギャグを叫んで喜んでいた。 今思うと日本ザルよりたちが悪い。

それでもお兄さんたちは 「参ったなぁー」という顔はするけどニッコリ笑ってくれたから 本当に優しいひとたちだった。 それにしても我ながらなんつー野生児。


10月1日

知る人ぞ知るフランスで行われているワールドカップ・ラグビー。 惜しくも日本はベスト8に入れなかったけど大健闘だったと思う。

ところでトカゲ太郎も高校でラグビーをやっていた。 高校ラグビーでもいろんな大会があって、みんな一生懸命プレーする。 そういう県内各校が集まる試合に決まって姿を見せる通称 「タックルおばちゃん」 がいた。

この名物おばちゃん、チームの別なくプレー中の選手に向かって「ほらほらそこで、とぅわっくるー!!」 と檄をとばす。 張りのある声だから夢中でプレーしていても聞こえてきて 「わかっとるがなぁー」 という気分になる。

しかしこのおばちゃん、負け試合でトボトボしていると 「あんたいいタックルしてたよ」 と言ってくれたり、選手をねぎらってくれて実は人気があったのだ。


9月18日

近くの小さなスーパーマーケットでのこと。

夕食の食材を物色して店内を歩き回っていたら、なんとかまぼこの上にトンボが! なにゆえこんなところに、と思いつつ、さわるとまだ生きておる。 しかし、冷蔵状態でしっかり冷やされて、まさに虫の息。 こんなところで一生を終わらせるわけにはいかないので、羽をそっと持って外に持って出た。あたたまって元気になれよ、と思いながら近くの植木の上においてあげた。

でも何でかまぼこだったんだろう?


9月12日

トカゲ太郎は方向音痴、というより方向が無い!

市川動植物園を訪れた時のこと。 バス停から動植物園を目指して歩き出したが、一向に見えてこない。 そこで梨の直売店(市川は梨の産地)で道を聞くと、すぐに教えてくれた。 再びとぼとぼと歩き出すと、車が急に横付けして、おばさんが出てきた。

「あんた、売店で聞いていたんだけど、動植物園までは結構あるよ。 乗っていきな」、と言う。 一瞬びっくりしたが、そうかもしれないと同乗させてもらった。

「バス停から十分と書いてあったんですけどねぇ」、と言うと、おばさんが、
「そりゃあんた、バス停から じゅうぶん だよ。あははは・・・」 

それにしても市川のみなさんはとても親切、 トカゲ太郎は感謝感激でした。


9月10日


トカゲ太郎は学校が嫌いだった。 だから新学期は憂鬱。 そこで学校に行く楽しみが必要になるんだけれど、それが勉強であるわけない。 それで考えついたのが女の子(なんじゃそりゃ~!)。 かわいい女の子に学校に行けば会えるじゃないか、と自分に言い聞かせたら、毎日が楽しくなった。 まさにパワー・オブ・ラブ??? (小学生の単純さは強い!)

ところが!!

クラス替えで、お目当ての子とは離れ離れに。 くぅ~、これは辛い。 だけど相手は全く気付いていない。 なにしろトカゲ太郎は子供メタボだったから。 しかし、新しいクラスでまた見つけたよ~、と結構めげなかったのであ~る。


8月18日


英訳版をオープンさせましたが、正直言って英語訳は、とぅわぁいへんです。 外部スタッフの援護を受けて日本と西洋とのギャップを埋めています。 例えば、ズーラシアで登場したキンシコウの説明に使った「仙人」という言葉。 英語で説明するのは非常に難しい。 「仙人」が登場する昔話を聞かせるところから始めないと、適当な英語の言葉がみつからないのであ~る。

使った写真は、カナダで見つけた千葉真一主演のDVD。 「ほわぁ~!!」 隣に薬師丸ひろ子も写っている。 なんの映画なの?


8月17日

恥ずかしい話

珍しく、夏休みの宿題が8月30日に終わった! と思ったら、「自由研究」を忘れてもうたぁ~。 ひぇ~っ、と考え付いたのが「押し花」。 あわてて家の前の公園で、かたっぱしから根こそぎ雑草類を集めまくった。 名前もなにもわからぬまま、土ごと台紙に貼り付け、その上に飛び乗って、20ページの「押し花」完成! 

翌日、意気揚々と登校!! 先生に厳かに提出した。 すると、緑の匂いが教室中にたちこめた。 根や茎の厚みが加わって、ひもで綴じた押し花台帳は、先生曰く 「なんじゃこりゃ、ハリセンじゃないか!」 教室中が、苦笑の渦で包まれたことは、いうまでもない・・・。


8月16日


日本の動物園の入場料は安い!! 猛獣類がいるのに無料のところさえある。 少なくとも北米やオーストラリアでは、日本の一般的な入場料の軽く4倍はするぞ。 みなさん、動物園に行きましょう! 上野動物園、たったの600円。 多摩動物公園、たったの600円。 野毛山動物園、無料! 動物園での思い出、プライスレス・・・ このような素晴らしい機会がいつまで続くかわからないからなぁ。 


8月13日


トカゲ太郎、カナダの西部を旅してきました。 随分長い距離を運転したのですが、 運転中、ラジオから流れてくる音楽は、カントリーばっかり。 なんか他の曲ないのかなぁ~。  帰り道、テラスという街の飛行場に到着した時、なんと朝もやの森の中から一匹の黒いものが現れた。 アメリカン・ブラック・ベアでした。 飛行場の敷地内に出てくるなんて。 びっくりしたなぁ~、もう!


8月9日


トカゲ太郎は、カナダに行きました。 が、身近な自然が一番大切なことは、どこにいても変わりないと思う。 このお友達とは、井の頭公園でバッタリ会いました。 仲間なのに、すぐに逃げちゃった。 見つめすぎちゃったのかな? 東京のわずかな緑の中でも太郎の仲間はしっかり生きている。 出会った時の感動は巨大なクマでも小さなトカゲでも変わらないよ。


7月31日

バック・カントリー編のため、カナダ西部への旅に出ます。 

行き先は、バンクーバーからずっと北のほうにあるテラスという街とその周辺。 このあたりには、州政府が指定する自然保護区がとても多く、野生動物達が沢山生息しているんだよ。 その後は、海岸沿いのプリンスルーパートという街に出て、シャチクジラたちに会えたらいいなぁ。 海に山にと、野生の仲間達と会えるのがとても楽しみ。 旅の記録はもちろん報告するよ。


7月20日

金沢動物園の飼育員さんのお話。

ここのゾウさんたち、ボン君とヨウコちゃんは、なんと竹が好物なのだ。 太い竹を、足や鼻を上手に使ってバリバリ割って、ムシャムシャ美味しそうに食べているところを見せてくれただよ。 この竹は動物園近くの竹林から取ってきたものなんだって。 それから、ゾウのたっぷりウンチを使って堆肥を作り、それでサツマイモを作っているそうなんじゃ。 ゾウは消化が良くないのか、ウンチの中に栄養がまだたっぷり残っているんだってなぁ~。 だから、でっかいサツマイモができるそうだぞ。

秋になると子供達がそのサツマイモを掘り起こして、ゾウたちに手渡してもらうんだって。 楽しそうだなぁ~。 美味しそうだなぁ~。


7月19日

どこの動物園へ行っても、お客さんの大半は小さな子供達。 お父さん、お母さんと一緒だったり、幼稚園の遠足だったりで、若くて元気なエネルギーに満ち溢れる。 見る動物それぞれに名前があり、時には言いにくいものも多いのであろうか。 名前を練習するけど、うまくいかない。

千葉市動物公園で、お父さんに連れられた男の子。 ビーバーを最初に見て次に隣のカワウソへ。 
「あ~! ビーバー!」 
「違うよ、これはカワウソ
「カワ・・・? ビーバー!」 
「違うよ、カワウソ。 言ってごらん、カァ・ワァ・ウ・ソッ」 
「カウ・・ソ・・・?  ビーバー!」

その日、帰りのモノレールの中で、
「楽しかったね、どうつぶえん」
と元気に叫んだ女の子。 あははは・・・。 みんな、楽しい時間がすごせてよかったね。


7月8日

動物に、元気に挨拶したり話しかけたりする子供達が多い。 かわいいなぉ。
キリンさん、こっち、こっちぃ~」 「やぎさん、草よ、草食べてぇ~」 「ライオンさん、ばいばぁ~い」
一生懸命に声をかける子供達。

ふと考えたんだけど、動物君たちは、キリンさん、やぎさん、ライオンさん、で自分のことを呼ばれている事がわかるのかなぁ?  一応、それぞれに 花子とか、クーとか、マンゴロウという名前が付いている。 飼育員さんたちは、普段きっとこの名前を呼びながら、動物君たちのお世話をしているんだろうな。 だから、その名前を呼んであげたら振り向いてくれるかもね。


6月1日

日頃からなぁんとなく思っていたんだが・・・。

動物園に来た子供達が「臭い臭い!」って言うんだな。 さんや、カバさん、サイ君たちのところでよく聞くんじゃ。 だけどなぁ、 動物達の嗅覚は、人間よりもずっと鋭いはずなんだよ。 確かそうなんだよ。  ・・・とするとな、 彼らにとっては、人間のお客さんたちこそ、とっても臭いのではなかろうか。 臭いのはわかるけど、動物さんたちを嫌わないでほしいなぁ。


5月25日

ナント体調をくずしてしまった。 ポーっと熱っぽい。 ここんとこ集中的にを描きすぎたせいかのう。

ちょっとやすまねば~。


5月4日

また上野動物園にいってきたのじゃ。
ゴールデン・ウィークの真っ只中だったんだな。 忘れておったよ。 今日は入場料が無料だったもんで、ものすごい人出。 まいったよ。  くつろぐ場所さえ無いんじゃ。

オカピー君のところへ遊びにいってきたよ。 普段とは違うにぎわいに疲れとったようじゃ。 部屋に入ろうと、人間のお客さんにお尻を向けておったら、隣のキリンの母さんが 首を伸ばして 「まぁまぁ、そんなにふてくされないで。 せっかくお友達がこんなに来てくれているんだから」 と話しかけておった。 すると機嫌をなおして、柵のそばにある草を食べに、近くに来てくれたぞ。
人間たちはすかさずシャッターを切る!! なかなかのパフォーマンスじゃないか。

キリンの母さんは、みんなを癒してくれるんだ。


4月30日

今日は井の頭自然文化園にいったのだ。
おもしろかったのぉ。 ここは象の花子を代表に、他にも小動物がたくさんいるのじゃ。
なかでもモルモットが自由に抱っこできるコーナーは子供達でいっぱいじゃった。 ちょうどゴールデン・ウィークでとても混んでいたんだ。 

子供達はモルモットを抱っこするのに一生懸命。 その親達は、わが子のベストショットを撮ろうと必死。
「ゆうちゃん、こっち向いて! 写真撮るから、こっち! こっち!」
「もう、お父さんうるさい!!」
モルモットに一生懸命でそれどころじゃないんだ。

この光景を近くの木の上から眺め、大笑いしていたトカゲ太郎であったよ。


2007年 4月20日

今日は上野動物園にいったのだ。
一番最初に尋ねたのはジャイアントパンダリンリン君。 ちょうどお食事中であった。 今日は暖かかったから、外での食事は気持ち良さそうじゃったよ。 
外から女の子が 
パンダちゃぁ~ん、こっち向いてぇ~~!! パンダちゃぁ~ん、 こっちぃ~!! こっちむいてぇ~~!!」
と叫ぶもんで、 食事しにくくなってしまっんじゃろう。 後ろを向いてしもうたわい。
そしたら、おばちゃんが、 
「性格悪いパンダだなぁ」
とな。 人気者はつらいのぉ。

どうやら張り切りすぎてしまったようじゃ。 夕方から寒くなってきたのに、つい遊びすぎてしまった。 夜になって、調子が悪い。 風邪でもひいたかのぉ。