トカゲ太郎のワンダー・ワールド
岩木山を考える会
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訪問日 2009年10月17日

始まりは路傍の草

青森県弘前市にある岩木山は日本の百名山の一つに数えられる名峰。 「岩木山を考える会」 はこの山の自然を守りその魅力を伝えるため設立された。 地元の人々だけでなく全国各地の岩木山ファンが集まって、現在会員数は約360名にのぼる。

テン
テン
写真協力 岩木山を考える会
弘前市役所

弘前市は青森県の西南部に位置し、西側に津軽富士とも呼ばれる美しい岩木山を望む。

名産品はなんと言ってもりんご! 市役所にはこんな看板が。 重要無形民俗文化財に指定されたねぷた祭りは全国的にも有名だ。



「私は山登りが好きで、近くにある岩木山にはよく登っていました。 でも、その頃はただ“登る”だけ。 岩木山の豊かな自然にまったく気づきませんでした。 ところが、登山途中に見かける花や草木、昆虫そして小動物にだんだん目がいくようになった。 そうなると岩木山の空間が広がるというか、広い宇宙のように感じるようになってね」 と語る同会の事務局長三浦章男さん

同会は自然観察会を毎月行っており、三浦さんは環境省自然公園指導員として参加者に岩木山の動植物を紹介している。 その特色はさまざまな生き物を発見してもらうと同時にその生きている姿を実感してもらうことだ。

自然観察会での三浦章男さん、岩木山を考える会
    三浦さんは環境省自然公園指導員として、岩木山を考える会の自然観察会で様々な動植物を紹介している。

例えば、かつて硫黄の採掘現場だった場所の見学がある。 そこは微量の硫化水素が噴出していて草木も生えず荒涼としている。 参加者は森の中に突然現れる荒野にまず驚く。 そして次に目に入ってくるのが昆虫や小動物の亡がらだ。 三浦さんによれば、動物たちは暖かさを求めてここに集まってくるのだという。 人間にはまったく無害だが、小動物にとっては長くいると命とりになる。 参加者は普段めったに見ない野生動物をいきなり目にして、それが死体であることに驚く。 「ある時、アナグマのペアが死んでいるのを見て参加者全員が、こんな動物がいたんだ、と発見すると同時に生も死もある自然の摂理を身近に感じているようでした。」 という三浦さん。 「もちろん、生き生きとした生き物たちの姿を見る機会も多くありますから、その時の感動はすばらしいですよ。」 と参加者とともに三浦さん自身も自然と触れあう喜びを忘れていない。

ニホンイヌワシ
ニホンイヌワシ
写真協力 岩木山を考える会

岩木山の生き物たち

「岩木山を考える会」 では岩木山に生息する動植物の調査研究も行っている。 これまでに岩木山には、イヌワシやニホンザリガニ、クマゲラなど全国でも珍しい動物たちが生息していることがわかった。

ニホンザリガニ
ニホンザリガニ
写真協力 岩木山を考える会

同会会長の阿部東さんは、「ニホンザリガニは青森県のほかに北海道と秋田、岩手に生息しています。 ただ、青森のものにはアオモリザリガニミミズというミミズが寄生していて、他県のものとは違う固有の種であることがわかりました。」 として、岩木山やその周辺に棲む生き物は珍しいだけでなく、その土地特有のものが多いことを調査は示唆しているという。 またイイズナ(最小のイタチの仲間)についても染色体の違いから北海道のキタイイズナと青森のものは別種であることがわかった。 さらに最近、北海道にしかいないとされるヒメトガリネズミが山頂上付近に生息している可能性も出てきた。 いないと思われていたニホンザルの群れが今年5月、岩木山神社付近で見つかるなど、まだまだ岩木山の自然を調査する必要があるようだ。

調査から体験へ

阿部東さん、岩木山を考える会
阿部さんは自然観察会で、生き物たちの生態について解説してくれる。
黒いクワガタはツヤハダクワガタ。 阿部さんはクワガタの染色体の研究をしている。

山の高さによって植物や樹木はそれぞれ違う種類のものが生い茂っている。 また、ブナの状態で気温を知ることもできるという。 麓から登って行って樹木の変化を見ながら季節を感じることで人々はいっそう自然に引き込まれる。

昆虫類の研究家である阿部さんは観察会で生き物たちの生態について解説している。 「11月になると生き物は姿を消したように思えます。 でも、足元の枯れ葉の下をのぞくと10cm四方の狭い場所に2000匹もの小さな虫たちが元気に生きている。」 という阿部さん。 広葉樹が多い自然の森だからフワフワの枯れ葉のじゅうたんの感触が足の下から伝わってくるのもいい。

樹木を良く観察して、皮をはぐと越冬中のスズメバチの女王を見つけることもある。 働き蜂たちは秋までには役目を終えてそれぞれどこかで死んでしまう。 残された女王蜂は大きな巣を捨てて冬眠し、次の年は一匹で子育てを始める。

夏の間に世を騒がせていると思われがちだが、阿部さんはスズメバチにこれまで一度も襲われたことがないという。車の廃棄ガスで巣が害されるなど人間の側の配慮が欠けているだけだそうだ。 また、樹木を食い荒らす害虫を肉団子にして食べてくれる役目をスズメバチは果たしてくれている。

寒いが初冬や春先は動物を観察するにはいい機会だ。 枝葉や雑草が生い茂っていないから見つけやすい。 雪の上の足跡の観察もできる。 「ツキノワグマの熊棚や冬眠している穴も見つかります。匂いでわかりますから。」 と、阿部さんは話す。

美しい岩木山をいつまでも

考える会では、繊細な山の生態系を守る活動も行っている。 飼い犬を連れて山に入らないように呼びかけていることもその一つ。 飼い犬は山にはない病気をもっていることが多いからだ。 野生動物が感染すると壊滅的な被害になりかねない。 また、日本赤十字パトロール隊と協力して、登山道の整備も行っている。 これによって山の貴重な自然を避けて、しかも岩がもろくないなど安全性を考えて道を作ることができる。 さらに同会がトレイルセンターを作ったことで、パトロール隊が常駐できる拠点もできた。

イタチ
イタチ
写真協力 岩木山を考える会
トウホクノウサギ
トウホクノウサギ
写真協力 岩木山を考える会

「でも、自然保護はそんなに単純なものではないよ」 と三浦さんはいう。

岩木山は年間5万人以上の人々が訪れる人気の山。 そこで、ある人が高山植物の女王と呼ばれるコマクサを森の中に植えてしまった。 少しでも多くの観光客を呼び込めると考えたようだ。 でも、コマクサは岩木山には自生していない外来種。 考える会の会員がすぐに見つけ、弘前市の職員とともにしばらく生息状況を見守ることになった。 すぐに抜いてしまわないのは、すでに根付いているため回りの生態系もそれに合わせて変化している可能性があったからだ。 しかし、一定の期間を置いて除去に踏み切った。 全国でもこのような例は珍しいという。



甘くない

「規模の大きなものは3勝1敗というところかな」 と話す阿部さんは、三つのスキー場計画を中止させた保護活動はまずまずの成績だという。
「動物たちは山を食べものや棲みかを求めて横に移動します。 スキー場は山を縦に切り裂くから動物たちの生活の道を分断するようなものです。」 と阿部さんは開発の悪影響を指摘する。

「地域の発展につながるかもしれない開発に反対する。 つらいことが多かった。 それでも貴重な自然が失われることを地道に示すことで理解を得てきた。」 と、三浦さんはこれまでの同会の活動を振り返る。 今ではほとんどの住民の方々がスキー場はもういらないという。

 
 
 
 
 

ニホンカモシカ
ニホンカモシカ
写真協力 岩木山を考える会
クマダナ
ニホンツキノワグマが作ったクマダナ
写真協力 岩木山を考える会

これからも

近年、ツキノワグマによるトウモロコシの被害が起こっている。 また、リンゴがタヌキによってかじられるケースも出てきた。 岩木山にはわずかしかツキノワグマは生息していないが、そのうち里に現れるのではと三浦さんたちは心配している。 気候が変わり、山の植生もそれに合わせてどんどんその様相を変えている。 今まで見たこともない植物や木もあるという。 今後はその変化が動物の行動にどのように影響しているか細かく調べる必要がある。

今まで見かけなかった場所でクマを見たなど、考える会には市民から情報が多数寄せられる。 中にはヨタカを保護した人が事務局に連絡してきて鳥獣保護センターに引き取ってもらったこともある。 こうしたさまざまなかたちで活動の輪が広がることが自然保護につながると同会の人々は信じている。

三浦さんは毎年冬の岩木山に登る。 危険をともなう冬山登山に奥さんは大反対。 それでも登るのは、「自然の厳しさと美しさを肌で感じて忘れないため」だそうだ。 「年だからもうやめたけどね」 という阿部さん。 まだまだ二人は考える会を通じて岩木山と付き合っていく。

ニホンイヌワシ
ニホンイヌワシ
写真協力 岩木山を考える会