トカゲ太郎のワンダー・ワールド
岩国のシロヘビ

(訪問日 2013年1月24日)   
岩国のシロヘビ

神様になったヘビ ― 岩国のシロヘビ ―

山口県の岩国市には江戸時代からシロヘビが生息している。もともとアオダイショウの劣性遺伝として誕生するアルビノ種であるため、普通は野生で生き残る可能性は低い。なのにどうしてこの地にシロヘビが代々子孫を残すことができたのだろうか。それはさまざまな条件が重なるとても珍しい環境が整っていたからだ。

シロヘビの起源は、はっきりしていない。ただ、約400年前に岩国藩主となった吉川広家が市内を流れる錦川一帯で米作りを盛んに行い、現在の今津、麻里、川下地区に米倉を建てた。その米を狙うネズミなどの小動物を食べて繁殖したのではないかと考えらえている。シロヘビに必要な水は水田や水路が近くにあり、隠れ場所になる石垣も多くあったことなど、生息地としてぴったりだったようだ。また、何よりもネズミを食べて、大事な米を守ってくれる守護者として人々に大切にされてきたことが大きく影響している。

岩国の錦帯橋
   日本三名橋のひとつ錦帯橋は岩国の見どころのひとつだ。

世界的にも珍しいシロヘビの生息地に国も注目し、大正13年に生息地区が天然記念物に指定され、昭和47年には改めて「岩国のシロヘビ」として国の天然記念物になった。とはいえ、昭和40年ごろまでは野生でよく見かけられたシロヘビも、都市開発やネズミの駆除にともないその数を次第に減らしていった。そこで、今津地区の人々が中心となって、「シロヘビ保存会」を発足、岩国市と協力して保護繁殖をこれまで続けている。

財団法人・岩国白蛇保存会(森橋律夫会長)の専務理事・明瀬健資さんが子どもの頃は、道端や庭先などでよく白ヘビを見つけて遊んでいたという。残念ながら現在は野生のシロヘビを見かけることはめったにない。けれども同保存会や地元の人々の努力の結果、全体で毎年900~1000頭が市内の6か所の飼育場で暮らしている。



トカゲ太郎
天然記念物のシロヘビ
天然記念物のシロヘビは何匹ではなく何頭と数える。
成長したシロヘビの身体の色はクリーム色から白色と多少の違いがある。

シロヘビ幼稚園

卵から生まれた赤ちゃんは3年間、体長が1mぐらいに成長するまで飼育施設の飼育箱で育てられる。約400頭いる若いシロヘビの飼育を担当している蔵田真季さんにとってエサやりは悩みのひとつだ。

「エサのハツカネズミを食べ物と分からない赤ちゃんがいるのです。嫌がって拒食性のような症状になるものもいます。とにかく食べてくれるまで根気強く待つしかありません。」
と、半ば諦めた様子で話す蔵田さん。それでも慣れてくると、飼育箱内にある寝ぐらの植木鉢をコンコンと叩くだけでエサの時間を楽しみにしていた若いシロヘビはすぐに顔を出す。
「中には扉を開けたとたんにエサ目がけて飛びかかってくる食いしん坊もいますよ。」
と、元気に育つシロヘビを見ると蔵田さんは安心する。

2012年生まれの赤ちゃん。
2011年生まれの赤ちゃん。
一年でこれだけの違いがある。

最初の1年間で成長が個体によってだいぶ違いが出てくる。蔵田さんは毎日エサの食べ具合やフンの状態、動きなどを獣医師の山岡さんに報告してシロヘビの体調管理に努めている。

基本的に一頭一頭に名前はつけず、番号が振り当てられるが、中には頭にハートマークがあったことからラブと名付けられた赤ちゃんもいた。残念ながら大人になってハートマークは消えてしまったが、それまでラブちゃんは人気者でその姿は多くの来場者の写真に収められたようだ。また、モウちゃんはシロヘビの平均寿命13年をはるかに超える28年の長寿を全うした。

大人になったら

十分に成長したシロヘビたちは市内の放飼場で暮らすことになる。その姿は今津の白蛇資料館錦帯橋近くの横山観覧所で観察できる。放飼場内には池や石垣などを完備してシロヘビたちが暮らしやすい環境を整えている。シロヘビは暑さにとても弱く、30℃を超えるとぐったりとなる。真夏になると池の中に身体を浸している姿をときどき目にするという。シロヘビはとてもおとなしく仲間どうしで争うことはない。交尾時期に雄どうしでからみ合うぐらいで傷つけ合うことはないようだ。ただ、病気やその他の理由でどうしても亡くなる個体もいる。そのためシロヘビの頭数を正確に数えられるようにそれぞれの個体にICチップが埋め込まれている。

   屋外放飼場。エサはハツカネズミだけど、放飼場内にいるトカゲやカエル、小鳥なども捕まえて食べている。

放飼場は電気柵や網で覆われているけれど、脱走に成功するものもいる。市内の自然の中で発見されるほとんどの例がこの脱走ヘビたちだ。けれども、これらの脱走ヘビが交尾をしたり、もともとシロヘビの遺伝子をもつアオダイショウがいたりする可能性は十分あるため、野生のシロヘビがいないとは限らないようだ。

   尻尾の近くにICチップ埋め込まれている。

次の世代へ

    子供飼育員は担当する赤ちゃんヘビにそれぞれ名前を付けている。

同会は毎年小学4~6年生を対象に子供飼育員を募集している。抽選で選ばれた12人の飼育員は冬眠から目覚めた4月から冬眠に入る前の10月まで、一人で5頭のシロヘビを担当する。三年間継続して毎月二回、エサやりのほか、飼育箱の掃除や体長の測定などを行う。まだまだ慣れない新しい飼育員は先輩から赤ちゃんの持ち方など教えてもらえる。
「こども飼育員に参加してくれてシロヘビの貴重さが次世代に引き継がれていくことはとても意義があると思います。」
という明瀬さん。

   子どもたちに赤ちゃんの持ち方を教える明瀬さん。臭いがひどくマスクをする必要がある。それでも地元の誇りであるシロヘビを育てるため子どもたちは意欲的に取り組んでいる。
   建築には地元出身の著名人も参加している。拝殿や本殿のための資材は、今も続く吉川家から提供された樹齢100年のヒノキが使われた。
本殿のシロヘビ

御神像は東京スカイツリーのデザインを監修した澄川喜一さんが担当した。


東京造形大学教授の小川幸雄さんが手掛けた軒灯籠と手水舎の水口。

シロヘビを信仰する伝統を盛んにする活動も行われている。

現在の今津地区にある白蛇資料館の敷地内には以前から弁財天をまつる神社があった。幸福や財宝を招く弁財天の化身がヘビであったため、シロヘビと結びつけられて人々に厚く信仰されてきたからだ。また、日本神話の宗像三女神のひとり市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)は弁財天がこの世に現れた時の姿であるとされている。このため厳島神社から市杵嶋姫命のご神体を招いて岩國白蛇神社の新社殿を創建することになった。そして昨年11月、ついに新社殿が完成し、巳年にあたる今年の元旦から参詣できるようになった。

「新社殿は保存会全員の悲願でした。さまざまな人々の協力があって50年を経てようやく建立することができました。」
という、明瀬さん。新社殿の評判を聞きつけてすでに多くの参拝者が県内はもとより県外からも訪れている。



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ヌルヌルがカワイイに

巳年の今年、同会の事務局長・清原一成さんは休む間もないほど忙しい。新社殿についてだけでなく、シロヘビを見つけたのだけど扱いに困っている、シロヘビを飼いたいのだけどどうすればいいか、など全国から問い合わせがある。

シロヘビが健康に長生きできる環境を整えるのは簡単ではない。

清原さんによれば屋内の飼育場は温度が25℃、湿度70%ぐらいに保たれているという。また、地面には温水暖房が通っているばかりでなく、皮膚の乾燥を防ぐためスプリンクラーも設置してある。また、放飼場は5年間経つと岩や植物などを取り除いて土壌の汚染を防ぐとともに、ICチップを回収して亡くなった白ヘビの頭数などを確認している。

冬はペロペロとした舌の動きが鈍くなるという。

清原さんはこれほど大切に育てているシロヘビに触ってもらいたいと考えている。ヌルヌルしていてそうで気持ち悪いというイメージを変えて欲しいからだ。でも、ヘビによって性格が違うのと、人間の体温がヘビにとって高いため長時間、多くの人々に触られるとぐったりしてしまうという。このため白蛇資料館を訪れる人々の中でも触れられる人数が限られている。それでも清原さんは、
「触ったとたんにヌルヌルがカワイイに代ります。赤い眼も不気味が神秘的になる。シロヘビはおとなしくて、本当に親しみやすい生き物なのです。」
と話し、なるべく多くの人々にシロヘビのことを知って欲しいようだ。

   来場者にシロヘビの紹介をする清原さん。それぞれ個性があって人間に慣れているヘビはあまり嫌がることも身体を触らせてくれる。少しひんやりしていてウロコの手触りはとてもいい。それでも触り過ぎは禁物。

「巳年ということもあって今年は特にヘビに関心が高まっていますが、ヘビは昔から身近な存在だったと思います。招福や五穀豊穣を願ってヘビを信仰の対象にしているところも少なくないのではないでしょうか。」
と話す、清原さんの夢は白蛇資料館をさまざまなヘビを集めたヘビミュージアムへと発展させることだ。

日本には約40種のヘビがいて、そのほとんどが奄美や沖縄などの南西諸島に分布していて、本州には8種が棲んでいる。また、全国には他にも熊本、長野、埼玉、新潟などの地域でシロヘビをまつっている。

トカゲ太郎


   岩國錦帯橋空港は東京・羽田と岩国を結ぶ空港として昨年12月リニューアル・オープンした。海上自衛隊や米軍との共用空港としても知られる。旭町の放飼場が近くにあって、脱走ヘビが基地周辺で見つかることもある。