トカゲ太郎のワンダー・ワールド
日本熊森協会
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訪問日 2010年1月21日

中学生が救った未来

1994年、当時の環境庁が兵庫県内のツキノワグマ狩猟禁止を発表した。 兵庫の中学生と先生が成しとげた出来事だ。 そして、1997年、日本熊森協会(本部:兵庫県西宮市)は誕生した。 今、日本熊森協会会長をつとめている森山まり子さんはその先生。 当時は尼崎(あまがさき)の武庫東(むこひがし)中学校で理科を教えていた。

「生徒の勢いに押されてどんどん自然保護に引きこまれました。 はじめは忙しいし自分は無力だから胸の痛む話にかかわりあいたくないと思ったのですが。」 という森山さん。 その後活動は発展し続け、今では日本各地に支部をもつ会員数2万人を超える団体に成長した。

トカゲ太郎
トカゲ太郎
和歌山県有田川町で飼育されているツキノワグマの太郎と花子
小熊の太郎を撮影する森山会長
    和歌山県有田川町で飼育されているツキノワグマの太郎と花子。 幼いころに親グマを撃たれて亡くしてしまった。 熊森協会は 「太郎と花子のファンクラブ」 を作って、太郎と花子とのふれあい会を行っている。 クマの尿は土中のバクテリアに直ちに分解されるように設計されているため、獣舎には匂いがほとんどないという。


 

こういうことをしている

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兵庫県戸倉の奥山原生林トラスト地
    富山県の山林を初めてトラストの土地として購入後、自然林を守るための土地購入は着実に全国へ広がっている。 写真は2006年に購入された兵庫県戸倉の奥山原生林トラスト地。
(写真協力 日本熊森協会)
 

日本熊森協会は、クマだけを守る団体ではない。 名前に入っている “熊” の文字は原生林を守るために大切な動物だからだ。 取り組んでいる自然保護は多方面にわたり、中でも森復元、自然農、野生動物保護外来種問題、奥山保全トラストの5つが主な事業となっている。

森復元は、スギやヒノキだけの人工の林をコナラ、ミズナラ、クヌギなどさまざまな広葉樹をふくむ自然の森へと回復させること。 また、野生動物の保護については県や市町村の人々と話し合いをしながらクマ、シカ、サル、イノシシ、タヌキなどと共存する道を考えている。 自然農は、農薬や化学肥料などを使わず奥山からの豊富な湧き水を使って農作物を作る試み。 農業を通して都会の人と山村に暮らす人が交流することができる。

さらに外来種問題。 すでに日本の土地に定着し繁殖している外来種を根絶することは不可能だ。 そこで、無用となる殺生を避け、新しい生態系が生まれることを待つよう国や市町村に要請している。 また、外国の野生動物の輸入を原則禁止することを求めている。

奥山保全トラストは熊森協会の事業の中でも大規模なものだ。 なにしろ原生林を丸ごと買い取ってそこに暮らす生き物すべてを永久に保存しようという取り組みだからだ。 すでに日本各地で合計1267ヘクタールの土地を購入している。


即断即決 つながり始めた人と人

とはいえ最初から活動が順調だったわけではない。 協会のことを高く評価してくれる人は多かった。 でも、資金が集まらない。 なにしろ森山さんや会員の若者が兵庫県内を回るだけでも大変な時間とお金がかかる。 森は都市ではなく遠く離れた田舎にあるからだ。 さらに国会議員に会うため東京におもむいたり、現状を知るため日本各地へ出かけたり、と出費はかさむばかりだった。

そうした苦しい状況の中、転機が訪れた。 2002年、地元兵庫県のロータリークラブの地区大会で森山さんが講演を行った時のことだ。 1200人が集まる中、はじめ 「15分の持ち時間でよろしく」 などと言われ 「そんなに短くては話せません」 と交渉した結果、講演時間が90分にのびた。 そこで教え子ら若い人たち5人にも壇上に上がってもらい、みんなで必死に伝えたいことを話した。

すると講演後、ロータリークラブの一人が入会して寄付をすると申し出てきた。 その後、次から次へと入会を申し出る人が集まってきた。

  東京の早稲田大学で昨年10月行われた熊森協会主催のシンポジウム
    東京の早稲田大学で昨年10月行われた熊森協会主催のシンポジウム。 奥山の生物多様性の保全について、林業関係者や昆虫類研究者、水資源ジャーナリストらを招いて話し合われた。

あまりにも突然で、「ちょっと待ってください。とてもうれしいのですが、熊森のことをもう少し詳しくお知りになってからでもいいので・・・」 と言いかけると、その中の一人が 「森山さん、あなたねぇ。 ここにいるメンバーは経営者ですよ。 判断力に自信がないとできません。 だから即断即決。 わかりますか?」 とあきれたように逆に諭してくれた。

この時点から熊森協会は新たに事業を展開していく。


話せばわかる

シカ柵の補修や倒れた苗木を起こすなど植林後も手間のかかる作業を続ける必要がある
シカ柵の補修や倒れた苗木を起こすなど植林後も手間のかかる作業を続ける必要がある。

野生動物の命を救うため地方を回っていると、 「農家の気持ちがわかりますか? 心をこめて作った農作物を食い荒らされて悲しくないわけないでしょ。 都会からノコノコ来てもらってもねぇ。」 と厳しく言われる。 話し合いに来ていた熊森の会員も 「そりゃそうだな」 と思わずうなずいてしまいそうになる。

なにしろ森山さんの父親も農業を営んでいたから、はじめの頃は 「クマやイノシシを守れだなんて。 農家のことを考えろ!!」 と大反対。

それでも、農家や地元住民と長く話を続けるうちにお互いに理解し合えるようになっていった。 もちろん父親も今では全面的に応援してくれている。

「エサが豊富な奥山が人工林になってしまったから、野生動物は食べ物を求めて里に出てきた。 動物ですから、農作物でもなんでも、食べないと生きられない。 何も人間に嫌がらせをしているのではないのです。 もちろん農家や住民からしてみたらたまったものではない。 でも、農家や住民の方々もできれば共存したいと思っています。 だって昔はそうだったのですもの。」 と、森山さんは地元の人々と共感できたことをうれしそうに話す。

そして、奥山の保全によるエサの確保やイノシシ垣の復活、シカ用ネットを張るなど野生動物が里に近づかない試みを住民とともに進めている。


Just Do It

熊森協会は専門家のアドバイスを受けて調査や研究を行っているが、モットーは実際に行うこと。 2006年はそれを象徴するような年だった。

この年、山の実りが悪くクマたちが人里に近づいてきたため全国で大量に駆除が進められていた。 熊森協会は緊急に特に出没件数が多い福井、石川、富山の各県にドングリを運ぶことを決めた。 ドングリは全国各地から大量に熊森協会へ送られてきたもので、クマを救って欲しいという願いが込められていた。

ところが、この行動に疑問を持つ人が現れた。 よその土地から持ち込んだ種が根付いてその土地の生態系を乱す恐れがあるというのだ。 しかし、熊森会員はすべて考慮したうえでドングリを運んでいた。 例えば、運んだドングリが発芽成長しない気温帯にドングリ(クヌギ、カシ、コナラなどの種の総称)を置いた。 また、ドングリといってもブナなどはその土地固有のDNAをもっていて絶対に動かせない。 だから、コナラなど全国どこでも変わらない種を選んだ。 また、地元の人々と協力してドングリを置く場所もクマの通り道を選び、時間を置いて食べたかチェックもした。 すると夜に置いたドングリが翌朝にはすべて殻だけになっていた。 足跡やフンなどから、クマはもちろんネズミに至るまで、森の動物みんなが食べにきていたことがわかった。

大量のドングリを背負って山に分け入ることも大変な作業だ。 それでも、こうした地道な活動がその土地の人々との交流を生み、野生動物に親しみをもってもらうきっかけになっている。

  兵庫県宍粟市(しそうし)で行われた植樹会の様子
    2008年10月兵庫県宍粟市(しそうし)で行われた植樹会の様子。 動物たちが暮らせる広葉樹林を復活させるため、クヌギ、コナラ、ミズナラ、シバグリ、アベマキ(すべてドングリがなる樹木)など9種類の苗木が植えられた。 植樹後、シカ除け用の網も張る。 苗木を食べられないようにするためだ。
(写真協力 日本熊森協会)


田んぼの生き物調査

田んぼの生き物調査。 子どもはもちろん大人も夢中になる。 ニホンアマガエルやゲンゴロウ、タニシ、ヤゴ(トンボの幼虫)、モンキチョウなどさまざまな生き物が見つかる。



 

水の危機と都市

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昨年9月兵庫県豊岡市大河内(おおこうち)で行われた自然農体験会

昨年9月兵庫県豊岡市大河内(おおこうち)で行われた自然農体験会。 地元の人々が快く土地を提供してくれたおかげで実現した。 シカ除け柵はやはり必要になる。 シカが柵にひっかかった時は住民が逃がすなど、地元の協力は欠かせない。

(写真協力 日本熊森協会)

 

大阪で森山さんが講演を行った時のこと。 会場に少しシラけた雰囲気が漂っていた。 「都市生活している私たちに遠く離れた森など直接関係ないでしょ」 と、多くの人が考えていたからだ。

大阪で使われている水は琵琶湖から流れてきている。 琵琶湖には大小約120本の河川が流れ込んでいて、その上流をたどれば森に行きつく。 自然の森は保水力が高くて雨が降ると水を土の中にたっぷり貯め込んでくれる。 その水がジワリジワリと川を通じて琵琶湖に流れ込んでいる。

でも、最近は保水力の弱い人工林が増えたため川の水の量が減ってきている。 それだけではない、人工林は表土が流れやすく山崩れなどの危険性がある。 都市と森は水を通してつながっている。

もちろん野生動物や昆虫がいなければ自然の森は成り立たない。 なぜなら、クマやシカなど大型の動物が森の中を動き回って枝を折ったり、木々を倒したりすることで森に光が入ってくる。 これで多くの下草や若い木々が太陽の光をいっぱい浴びることができる。 また、ばらまかれたフンは植物の栄養になる。 鳥や動物は食べると同時に遠くの場所へ実を運んでくれる。 そこで新しい芽が育つのだ。 さらに、植物の開花や芽吹きに合わせて昆虫はふ化している。 昆虫の幼虫は花ややわらかい新芽をエサにできるし、ハチは蜜を得て花粉を運び、それがまた、実り豊かな森を作る。 本当の自然はすべてがつながっている。


大きくなった中学生

熊森協会は若いメンバーが中心になって、幼稚園児や小学生、市民グループなどを対象に紙芝居や人形劇を行っている。 兵庫県内や全国各地、世界の自然保護団体との交流を通じて得た知識と経験を一般の人々にわかりやすく伝える。 こうした活動は次世代の活動を担う若者が確実に育っている証拠でもある。

そして、18年間、私と一緒に活動してきた教え子の元中学生が、今は弁護士となって協会の活動を支えている。 熊森協会の会員が増え、活動も広い範囲に行きわたり土地の取得や法律の改正など法律に関して専門的な知識が要求されるようになったからだ。

シンポジウムで講演する森山まり子会長
シンポジウムで講演する森山まり子会長
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もちろん森山会長も各地で講演を行って自然の大切さを伝えている。 そして、会長自身もこれまでの歩みで成長したという。 「引っ込み思案な私は説明会や講演会の記念撮影でいつもはしっこに写っていました。 すると、夫が “君が真ん中にいないとダメだ。 先頭に立ってみんなをひっぱらなきゃいけないだろ” と激励してくれたのです。 それから自分から前に出るようになりました。 人間って不思議と変わるものですね。 これも自然の力かもしれない。」 と森山会長は語る。

熊森協会の活動を通じて人々がつながりを深め、自然を理解し、それぞれ成長していると森山会長は自らの経験を通して実感している。 次の目標は百万人の自然保護団体をつくることだ。