トカゲ太郎のワンダー・ワールド
日本オオカミ協会

(訪問日 2012年4月27日)

オオカミを再び

日本にいた野生のオオカミは、北海道に生息していたエゾオオカミと本州から四国、九州にかけて分布していたニホンオオカミだ。 残念ながらエゾオオカミは明治期に、ニホンオオカミは1905年に奈良県で捕まった一頭のオスを最後に絶滅してしまった。 絶滅の原因は狂犬病などの病気やエサ不足、人間による駆除などだ。

日本オオカミ協会は中国に生息するオオカミを本州、四国、九州に、ロシアの沿海地方のオオカミを北海道にそれぞれ再導入し、日本の自然に野生オオカミの復活をめざしている。

同協会によれば、ニホンオオカミエゾオオカミハイイイロオオカミと身体の大きさの違いはあるが同じ種類であるという。 ハイイロオオカミは今でもユーラシアから北アメリカにかけて広く生息している。 このためなるべく近い地域からオオカミを連れてきたい考えだ。

一般社団法人日本オオカミ協会

会長は東京農工大学名誉教授の丸山直樹。 オオカミの生態を科学的に伝えて人々の誤解と偏見を解き、世界中のオオカミの保護と復活を目的に1993年に設立された。 現在はその活動が広がり、オオカミの復活とともに生態系全体の保護と再生を目指す。 あわせて、農林水産業の振興や獣害事故の防止などにも力を入れている。 さらにカワウソの復活の可能性も模索している。

6月3日 シンポジウム「鹿の食害を考える」
場所:大宮法科大学院講堂
詳しくは協会の公式ウェブサイトにて。


丸山直樹会長

1987年にポーランドの国際会議に出席した丸山会長は、ポーランドとウクライナの国境付近にあるビエスチャディ地方でヘラジカを襲う2頭の野生のオオカミを観察した。 この体験をきっかけにシカの研究者であった丸山会長はその捕食者のオオカミについて考え始めたという。


ミミズ百年 シカ一年

日本オオカミ協会の丸山直樹会長はオオカミの復活は自然環境の保護・保全に大きく関わっているとしている。 なかでもオオカミの再導入の理由として全国で増えすぎたシカの数を抑えることを挙げる。

北は北海道の知床から南は屋久島まで、全国のシカの食害は年々深刻になっている。 シカは草や背の低い木だけでなく、樹皮を食べて大きな樹木も枯らしてしまう。 さらに地表の落ち葉や枝なども食べ尽くしてしまうため、むき出しになった地面は雨風によって浸食が進む。 日本全国でこのような森林の荒廃が観察されているのだ。

シカによる被害を受けた森林の様子
(静岡県伊豆の天城山)
    樹皮だけでなく下草もほとんど食べつくされたため、樹木の根をおおう肥沃な土壌や土の養分を作る落葉も雨で流失し、森全体の勢いが衰えている。
(写真提供: 日本オオカミ協会)

「ミミズは落ち葉や生き物の死がい、土くれなどを食べます。 そのフンは栄養豊かな土として地表に再びたまっていきます。 小さなミミズの営みですから厚さ1cmの土壌が作られるにはだいたい100年の歳月が必要です。 ところが、シカはその仕事をわずか1年で台無しにしてしまいます。」 として、丸山会長は森林の生態系を脅かすシカの猛威を指摘する。

シカの増えた理由は温暖化によって冬を生きのびる頭数が増えたことや捕食する肉食獣がいないことなどが考えられる。 もちろんシカの被害を防ぐための対策は行われている。 食害防止のためのネット張りや猟友会の人々による駆除だ。 でも、目ざましい成果が上がっていないのが現状だ。

人によってシカやイノシシなどを駆除し、効果的に数を減らすにはハンターの高齢化と人数の減少を解消する必要があるからだ。 また、シカの食害は南アルプスの貴重な高山植物(絶滅危惧種・アツモリソウなど)にもおよび、それらに集まるチョウなどの昆虫も激減しているという。 「標高の高いところではネット張りなどの防止策は場所が限られている上に、作業がとても大変です。 増え続けて、さらに移動するシカから植物や樹木を守るのは言うほど簡単ではありません」 と、丸山会長は食害防止活動の困難さを強調する。

このため、大きな反響が予想されるにも関わらずオオカミの導入を真剣に考えている市町村(大分県豊後大野市や長野県須坂市、鹿児島県霧島市など)が出てきているという。

実際にオオカミ再導入による効果はあるようだ。 米国のイエローストーン国立公園の例では、1995年に約16800頭だったエルクが2010年には約4600頭にまで減っている。 これは気候条件だけでなくカナダから再導入されたオオカミの影響が大きいと考えられている。 オオカミのエルクに対する影響は妊娠率の低下やエサの少ない場所へ移動させられたことによる栄養不足など捕食以外の効果もあった。 また、ヤマナラシやヤナギの群落が復活するなど生態系の回復にもつながった。 ドイツの場合でも、妊娠率の低下やシカの行動範囲の変化など確実にオオカミの影響が出ているという。

オオカミと ヒトと 自然と

同協会はドイツにおけるオオカミとの共生を紹介するシンポジウムを毎年開催している。 森林率が日本よりもずっと低いドイツにおいて人とオオカミがどのように共に暮らしているかを知ることで、来場者とともに日本における再導入の可能性を探るものだ。 ドイツ自然・生物多様性保護連合のマグヌス・ヴェッセル氏を招いて行われたこのシンポジウムは、これまで札幌から熊本まで全国各地を巡回して多くの人々の関心を集めた。

東京・国連大学で行われたシンポジウムで講演するマグヌス・ヴェッセル氏
東京・国連大学で行われたシンポジウムで講演するマグヌス・ヴェッセル氏 (2012年4月20日)

さらに全国の市町村において講演会や地域の人々との意見交換を行い、オオカミ再導入と生態系保護についての理解を求めている。

「森林組合や農家の方々など直接被害を受けている人々はもちろん、地域の行政に関わる人たちや国会議員の方々までオオカミ導入に関心を寄せる人々は増えています。」 と、話す丸山会長はさまざまな人々と意見を交わす中で事態が急を要していることを実感している。

中国内モンゴルにて、捕獲され飼育下にある野生のオオカミ
(写真提供: 日本オオカミ協会)

ただ、同協会の活動はオオカミの復活だけに限定されたものではないという。 同協会の会員の南部成美さんは人と自然の関わりについてあらためて考えて欲しいという。 「人にとって害になるとか、益になるとかという考え方ではありません。 今、表土が流出して根が浮き上がり倒壊する樹木が全国で見られます。 一年間でこんなに風景が変わってしまうのかとびっくりします。 生き物の多様性が低下し捕食者のいなくなった自然がバランスを失った結果です。 人と生き物が共に快適に暮らすことは容易ではありませんが、その必要性を緑が失われた風景を見るたびに思います。」 という南部さん。

そのためには自然の生態系について正しく理解し、それを多くの人々に伝えていく必要がある。 そしてまずはオオカミについての偏見をなくしていくことを進めていきたいという。 同協会では丸山会長をはじめとする専門家をヨーロッパや北米などの海外に派遣してオオカミを取り巻く生態系を調査している。
オオカミが人を襲うことはほとんどありません。 まず人との接触を極端に嫌いますからめったにその姿を見ることはないでしょう。 オオカミの生態を正しく理解すれば偏見や恐れは無くなっていきますし、それどころかいかに生態系の中で重要な役割を担っているかに驚きます。」 と、丸山会長は話す。

機関紙「フォレスト・コール」
機関紙「フォレスト・コール」

同協会はオオカミの生態について紹介する機関紙「フォレスト・コール」(年4回)も発行している。



ベルリンの壁とオオカミ ― ドイツのオオカミ復活への道のり ―

NABU
(Nature and Biodiversity Conservation Union,
ドイツ自然・生物多様性保護連合)

鳥類の保護を目的に1899年設立されたドイツ最大の自然保護団体。 会員数は45万人を超える。 現在は生息地や生物多様性の保護を中心に活動を展開し、持続可能な農業や林業についても普及促進を行っている。 また、ドイツ国内だけでなくアフリカやコーカサス地方など国際的にも活動の場を広げ、自然保護とともに貧困問題にも取り組んでいる。

ポーランドからドイツにペアのオオカミがやって来たのは1998年のことだった。 それまでにも1990年代になってからドイツの各地でたびたびオオカミは目撃されていた。 大きな理由のひとつは1989年ベルリンの壁の崩壊によるドイツ統一だ。 ポーランドからの移住経路にあるラウジッツ地方は当時旧東ドイツ領にあってオオカミは駆除の対象となっていたからだ。

欧州連合の国々はすでに1979年、「欧州の野生生物および生息地の自然保全に関する協定」・ベルン協定(1982年発効)に加盟しており、オオカミは保護の対象となっていた。 このためイタリアやフランスではドイツに先行してオオカミの保護が進められていて、現在のヨーロッパ全体のオオカミヨーロッパオオカミイタリアオオカミなどあわせて)の生息数は推定1万8千~2万5千頭となっている。

2002年以降には12頭のオオカミがドイツに定住しはじめ、現在は71頭の大人のオオカミがドイツ全体に暮らしていることが確認されている。 主な生息地はドイツ東部のブランデンブルグ州南部からザクセン州北部にかけてのラウジッツ地方でありNABU(Nature and Biodiversity Conservation Union・ドイツ自然・生物多様性保護連合)によって調査・保護が行われている。


町を通りすぎるオオカミ

早朝に森を出発したオオカミは村の間を通り過ぎていく。 この間に人や車が往来する道にも現れる。 自動撮影カメラやGPS付き首輪などでオオカミの一日を追った調査結果だ。

中国内モンゴルで撮影された野生のオオカミ
(写真提供: 日本オオカミ協会)

オオカミに自然の森林は必要ありません。 町の近くにある人工の森林の中に、人々の隣で静かに暮らしています。」 と、マグヌス・ヴェッセルさんはオオカミが広大な森林ではなく、まばらな森の中でも十分に生活していけることを強調する。 ヴェッセルさんはNABUの政策担当者でオオカミの保護と住民との協力に取り組んでいる。
ただ、町の近くにいるからといってオオカミの姿を見かけることはないという。 大事なことはむやみに近づいたり、エサを与えたりしないことで、これは他の野生動物にもあてはまる。 NABUは絵本やDVD、コンピュータ・ゲームを作成して子どもたちにオオカミについての教育も行っている。 また、ラウジッツにはオオカミや野生動物に関心をもつ旅行者が集まってくることから、足跡をたどるエコツアーを開催している。

こうした努力の成果もあってドイツにおける人間との接触事故はこれまでの12年間で0件だ。 また、ヨーロッパ全体でもここ50年間でわずか9件、そのうち5件は狂犬病に冒されたオオカミだった。 「住民と話し合いを繰り返すことでオオカミは地域の一員という考えが浸透してきているからだと思います。」 と、ヴェッセルさんは自信をもって話す。


イノシシは怖い

オオカミの群れ(パックと呼ばれる)は基本的にオスとメスの夫婦とその子どもという家族単位のものだ。 強いオスを中心とした大きなパックではない。 子どもは1年から1年半で独立して自分の縄張りをもつようになる。

こうしたオオカミの家族を支えているのは縄張りに共に暮らす野生動物だ。 NABUの調査によるとオオカミの食事の55%がノロジカ、20%がアカシカ、18%がイノシシだという。 ノロジカは大きくても体長が1.3mと比較的小さいため狙いやすいようだ。
一方イノシシは強敵で若いオオカミだと返り討ちにあってしまうこともある。 子どもがいると毎晩狩りに出かけ、一頭あたり年間で約1400kgの肉が必要だという。 だいたいノロジカ62頭、アカシカ9頭ぐらいの計算になる。

一方、オオカミにとって怖いのは交通事故と違法なハンティングだ。 また、ごく稀にではあるがイノシシにやられた例もある。


行動は迅速に

数は少ないが家畜を襲うオオカミも残念ながらいる。 野生の獲物が手に入らなかったためだが、被害にあった牧羊農家などはたまったものではない。 そこで大事なことは被害農家に対してできるだけ早く対応することだ。 被害にあった家畜の値段は協同組合で価格の決定がされ、全額国の負担で補償される。 また、侵入防止のための柵の設置費用の60%は補助される。 さらに牧羊犬や防止柵の張り方などの被害を未然に防ぐやり方を農家とともに考えるのだ。
「大切なことはすぐに行動を起こすこと。 農家は待ってはくれませんから。 それと、感情的にならず話し合いを進めることです。 よく準備さえできていれば実際オオカミの被害を受けることはありません。」 というヴェッセルさん。

ハンターの中にもオオカミを嫌う人はいるという。 これはグリム童話「赤ずきんちゃん」に見られるようなオオカミに対する偏見がもとになっている。 このため偏見や恐れをなくすための意見の交換を欠かさないようにしている。

ヴェッセルさんはこれまでの活動を振り返って、「野生動物と共存する上で反対意見が出てくることは避けられないことです。 でも、冷静に対処すれば必ず解決策は見つけられます。 野生動物を守ることで一番大切なことは人との関わり合いなのですから。」 として、ドイツのオオカミと地域住民がこれまで通り良い関係を保っていくものと確信している。