|
復活、カブトガニ |
| トップ | 動物園・水族館 | 写真館 | 動物・恐竜の生態 | 動物や自然を守ろう | 紙芝居 | ぬりえ | 神話や民話の中の動物 | 美術館 | 当サイトについて |
訪問日 2009年9月11日
成体を観察できるカブトガニ水槽。大人のカブトガニは自然ではほとんど天敵がいない。でも、子カブトガニはサギやカラス、タコなどに食べられてしまう。特にカラスは巧妙でクチバシでひっくり返して柔らかい部分をついばんでしまう。 |
生きている化石として世界的に有名なカブトガニ。 日本では岡山、広島、愛媛、山口、大分、福岡、佐賀、長崎の各県沿岸に生息している。 とはいえ、これらの地域でも野生のカブトガニを実際に見ることができるのはごく限られた場所だけ。 カブトガニにとって必要な干潟がどんどん減ってしまったからだ。 そこで、カブトガニの保護とその大切さを知ってもらうため 「日本カブトガニを守る会」 が昭和53年(1978)に設立された。 岡山県笠岡市の事務局とともに愛媛、福岡、大分県杵築市(きつき)、佐賀県伊万里市(いまり)の各地に支部がある。 同会の会員数は700名以上にのぼり、産卵と幼生についての調査や幼生の放流、海岸の清掃など各地域の人々と協力し合って保護活動を進めている。
|

実際の干潟で確認された幼生(写真中央)。よく見ると足跡がはっきり残っている。今年6月に捕獲された成体を調べたところ、以前に放流された幼生が成体となって帰ってきたと考えられる 写真提供、笠岡市立カブトガニ博物館 |
同会の土屋圭示会長は、笠岡市で昭和36年(1961)から長年にわたってカブトガニの保護に取り組んできた。 当時、保護活動の先駆的存在だった医師の西井弘之さんに協力し、干潟の埋め立てで死んでいくカブトガニを一匹一匹助けていった。 ただ、ほとんど全滅に近かったカブトガニの数を増やすことは簡単ではなかった。 生態どころか飼育さえまったく手探りだったことに加えて、網を破ることで漁師さんに嫌われていたカブトガニがなぜ貴重なのか地道に訴えていく必要があった。 「カブトガニはとてもかわいいですよ。 朝一回のエサやりの時間には立ち泳ぎで水槽のガラスにへばりついて待っている。 甲羅の裏側にある口にピンセットでエサのゴカイを与えていくのですが、食べ終わって満足するとくるくると泳ぎ回る。 ありがとうと言っているようで驚きましたね。」 と、当時を振り返る土屋会長はネクタイピンまでカブトガニ。 大好きなことがよく伝わってくる。 また、地元の中学生が参加する 「笠岡市カブトガニ保護少年団」 といっしょに産卵調査をやってきた。 さらに、死がいから標本を作ってカブトガニの身体のつくりと生態について子どもたちに伝えるなど教育活動も進め、次第にカブトガニの大切さが回りの人々に理解されるようになった。 |
エサのゴカイを食べるカブトガニ
|
カブトガニが産卵する人工浜。博物館に併設されていて海から直接海水を引き入れている。 カブトガニはここで一か所に200~300個の卵を産む |
「現在は大量に飼育することができるようになりました。 また、地元の方々や市の協力もあって下水道が整備され水質もだいぶ浄化してきています。」 と、土屋会長はこれまでの努力が実ったことを実感している。 ただ、埋め立てによって潮の流れが変わってしまい泥の質がカブトガニの生育にとって適さなくなっているという心配がでてきた。 「殻がね。 昔はもっと厚くて硬かった。 筋力も強くて動きがもっと激しく、要するに元気でしたね。 泥の質が産卵や生育に影響していると考えられますがはっきりとしたことは分かっていません。」 とカブトガニのこれからについて土屋会長はまだまだ楽観していない。 それでも土屋会長は「漁師さんたちも今では網にかかったカブトガニを放してくれる。 成体の棲みかとなる藻場を確保するためアマモの苗を植えたりもしています。」 と、保護運動の今後に希望をもっている。 |
|
|
笠岡市立カブトガニ博物館カブトガニ -生き続けて二億年-
|
平成2年(1990年)に恐竜公園とともにオープンした笠岡市立カブトガニ博物館
|
バリオニクスの巨大な模型。カブトガニが生息していた2億年前の世界を再現している。 |
最近、南アメリカのボリビアで世界最古のカブトガニが発見された。 古生代デボン紀前期の3.9億年前のものと考えられている。 写真はカブトガニの仲間、三葉虫の化石。 |
人工浜で採集された卵はこの飼育室で育つ。年齢ごとに分かれた水槽には干潟から採ってきたさまざまな泥が入っていて、成長に適した環境が整えられている |
「毎年1000匹の幼生を放流しています。 昔のように笠岡の海でいつでもカブトガニを見られたらどんなにすばらしいか。 そのために飼育と研究を続けています」と語る同館主任学芸員の惣路紀通さん。 土屋会長の頃とは違い惣路さんはとにかく数多く無事に育てて自然の生息数を増やすことが毎日の課題だ。 |
5齢ほどの幼生
|

アメリカ産のカブトガニ。日本のカブトガニに比べて甲羅の上にある目が大きい。世界では、中国や台湾のほか、フィリピン、インドネシアなどの東南アジア、インドのベンガル湾、北アメリカの東海岸などの地域に生息している。 |
「一匹一匹というわけにはいきません。 大変な数ですからね。 くるりと回ってということも私の場合はないですね。 でも、顔はわかりますよ。 甲羅の形が違いますから見分けがつくんです。 それと性格もね。 エサを食べる時にほかを押しのけて食べる強引なヤツとか。 動きがおとなしいヤツとか」 と話す惣路さんは生態の研究を大切なテーマとしながらもカブトガニに対する愛着は人一倍のようだ。 でも、26年間カブトガニを見つめ続けてきた惣路さんとってもカブトガニは謎の多い生き物だ。 |
|
惣路さんになぜカブトガニを守らなければならないのか聞くと、「自然環境のいい指標です。 カブトガニが棲んでいる海は魚やエビ・カニなどその他の生き物の量も種類も豊富です。 それに2億年ですよ。 さまざまな環境に適するように進化してそれほど長い時を生き続けてきたのです。 それだけ貴重な生き物です」 という惣路さんは守ると同時にカブトガニが他の生き物とどのようにつながっているのか知る必要があると考えている。 |
カブトガニの抜け殻。脱皮はカブトガニにとって命がけだ。カニなどと違い、内蔵からすべて脱皮するカブトガニは途中で力尽きて死んでしまうものもいる。 |
|
カブトガニの血液は薬の成分として役立っている。 O157や赤痢菌などの治療に効果がある。 |
![]() 次の世代にも美しい笠岡の海を残していきたいと願う浅野館長 |
カブトガニ保護で今もっとも重要なことは生息地の確保だ。 でもこれはカブトガニに限ったことではなくどんな生き物の場合でも同じで人間との共生が大きな問題となってくる。 「カブトガニの繁殖地内での潮干狩りを止めて欲しい。干潟を掘り返すことで幼生を傷つけるだけでなく、干潟の環境を悪化させてしまうからです」 と同館の浅野文生館長は人々の協力を呼びかけている。 浅野館長によると、船が航行する際に巻き上げられた砂が干潟まで流されて、潮干狩りで掘り返された干潟にたまってしまうのだという。こうなると干潟がカブトガニの幼生の成長に適さない環境になってしまう。 船の航行については、湾内の狭くなっている場所で速度を落とすなど漁協やフェリー会社に協力してもらっている。 しかし、毎年400人から500人も訪れる潮干狩り客には市外からの人々も多く、なかなか理解してもらえないようだ。 このため、浅野館長は潮干狩りのシーズンになると地元のロータリークラブやライオンズクラブの人々と手分けして繁殖地の入口付近に立ち、ビラを一人一人に配ってなんとか潮干狩りをしないようお願いしている。 |
|
「子供たちに自然になるべく親しんで欲しいと思う気持ちは十分に理解できます。 ただ、その子供たちにカブトガニが生きる豊かな海を残していくことも大切なことです。 今だけでなく未来を見つめて行動すれば自然は今よりもっと多くの恵みをもたらしてくれると思います。」 と、浅野館長は人と自然の共生がなんとかうまく成り立つようみんなで考えていきたいと思っている。
|
カブトガニはオスが15回、メスが16回脱皮をし、13~14年で成体になる。
|
飼育展示室では人工飼育の様子を観察できる。
|
全国でもっとも多くの産卵が確認されているのは北九州の曽根干潟で、次いで伊万里湾となっている。 このため九州大学や伊万里高校でカブトガニのDNAを調べるなど地域の関心は高い。また、四国ではカブトガニフェスティバル、杵築市では産業祭にカブトガニコーナーを出展するなどカブトガニを地域の人たちに積極的に紹介している。 さらに、米国や中国、インドなどカブトガニを通じた国際交流も盛んに行われている。
|