トカゲ太郎のワンダー・ワールド
釧路湿原野生生物保護センター
湿原の水鳥たち
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(訪問日 2011年10月7日)

湿原は大事だ

人にも動物にも必要

  トカゲ太郎 トカゲ太郎

釧路湿原野生生物保護センター

釧路湿原野生生物保護センター
ラムサール条約の登録を機に全国で初めて設立された野生生物保護センター。 湿原に棲む生き物たちについての展示がある。

湿原は人にとても大きな恵みをもたらしてくれる。 まず厚い泥の層が汚れた水をきれいにしてくれる。 そして広い場所に水を貯めることで洪水を防いでくれたり、暑さや寒さを緩和してくれたりする。 また、湿原で蓄えられたミネラルが河を通って海へと運ばれ豊かな漁場を作り出している。 さらに、湿原は特殊な自然環境で成り立っていることから多くの希少な動植物が暮らしている唯一の場所だ。

日本の湿地(湿原や湖、沼、干潟など)の80%以上が北海道にある。 釧路湿原はその中でも最も広く、周りの森林まで含めるとほぼ神奈川県と同じ面積にもなる。 そこに棲む哺乳類はヒグマやエゾジカ、キツネ、イタチなど約27種、鳥類はタンチョウやカイツブリ、オジロワシなど約164種が暮らしている。 また、両生類・は虫類は釧路湿原にだけ生息しいているキタサンショウウオのほかエゾサンショウウオ、エゾアカガエル、アオダイショウ、シマヘビなど9種、魚類はイトウやエゾトミヨなど34種がいる。 さらにイイジマルリボシヤンマやエゾカオジロトンボなど1千種以上の昆虫が見られる。



失われる前に

湿原って何?

釧路湿原
釧路湿原

湿原とは気温が低く湿度が高い場所に広がっている草原のことだ。 湿原にはいつも水が保たれていて枯れた植物が泥のようになって積み重なっている。 そのような泥は泥炭と呼ばれ、泥炭の層が薄い場所はヨシやスゲといった湿った場所に生息する植物で覆われている。 泥炭の厚い場所にはミズゴケが多く、ところどころにイソツツジやヒメシャクナゲなどの高山植物が生えている。

釧路湿原
釧路湿原

貴重な釧路湿原は守らなければ次第に失われてしまう。 湿原がその自然環境を保つには水を運んでくる河川と湧水が必要だ。 また蛇行した川が氾濫することで広い地域に水が行きわたることも大事だ。 ところが農地や市街地が広がるにつれて開拓が進み1947年から比べると2割以上の湿原が失われた。 そして今深刻な問題になっているのが、乾燥が進む湿原の質の変化だ。 改修によって川が直線化し氾濫しなくなるとともに、川の流れが速くなって多くの土砂が湿原に流れ込むようになった。 また保水力が弱いカラマツなどの人工林が湿原の周りで増えたことも土砂の流失に拍車をかけている。

環境省の釧路湿原自然保護官・竹中康進さんは湿原の悪化を次のように説明してくれた。
「湿原は水を大量に含んだ巨大なスポンジのようなものです。 土砂によってそのスポンジの穴の中に小石や砂粒が入り込んで水が貯まりにくい状態になっている。 また、フィルターのような働きをすることで湿原の水質を保っていた周りの森林が減ったことも原因のひとつです。」

このような状況を改善するためには元の蛇行した川にもどすことや湿原に接している森林を回復すること、自然に近い森林を増やすなどの取り組みが必要になってくる。
「目標のひとつはミズナラやハルニレなどからなる落葉広葉樹林を湿原の周りに増やすことです。 ただ湿原は広いですから人間が他から持ち込んだ植物で地域ごとの植生を乱さないように注意しなければなりません。 地元のボランティアの方々といっしょに下草や笹を刈りとって落ちた種子が根を生やしやすい環境を整える。 できるだけ自然が自力で回復できる手助けをするのです。」 と、竹中さんは慎重に進められる自然再生について話す。

刻々と変化しているのは湿原そのものだけではない。 そこに暮らす動物たちも環境を大きく変えようとしている。 最近は増え続けるエゾジカがその例だ。 湿原の希少な植物を食べるだけでなく、湿原に隣接する木々を食い荒らしてしまうのだ。 これではせっかく再生しつつある森も台無しになってしまう恐れがある。 ただ、すぐに駆除にのりだすわけにはいかないと竹中さんはいう。
「増えているのは確実です。 でも、湿原周辺の森にどのくらいいるのかはっきりしない。 今はエゾジカがどういうルートで湿原に入っているのか調べているところです。 それとオジロワシやオオワシといった猛禽類との関係や他の動物とのつながりも考えなければなりません。 エゾジカがもたらすさまざまな影響を分かった上で駆除という選択をすることになると思います。」



蘇ったのかな?タンチョウ

タンチョウ

日本のほかロシアや中国、朝鮮半島で繁殖、越冬する大型のツル。世界中で2800羽ほどいると考えられている。

タンチョウ
写真提供: 釧路自然環境事務所

日本に暮らす多くの野生生物の中でも特に絶滅の危機にさらされている生き物たちがいる。 そうした動植物は「国内希少野生動植物種」に指定され、法律で厳しく守られている。 その数は平成23年4月の時点で87種。 その中でも特に48種が生息地の保護や繁殖する環境を整える必要のある生き物として保護増殖事業を全国で進めている。 この中で釧路自然環境事務所が担当している生き物は、タンチョウ、シマフクロウ、エトピリカ、オジロワシ、オオワシの5種だ。

これらの生き物を守ることはその生息地全体の自然環境を守ることにつながり、その他の小さいけど希少な生き物たちも結果として守られることになる。 釧路湿原の場合は5種ともに水辺の鳥であって川や海と強く結びついている。 その中でも特に象徴的なものがタンチョウだ。

タンチョウは明治時代に乱獲され数が激減、その後も生息地の環境悪化などでどんどん少なくなり、大正時代にはついに10数羽になってしまった。 その後1952年に33羽の生息が確認され、地域の人々が冬の間エサを与えることで何とか生き延びることができた。 以降、地元の人々と国が協力して保護を進めた結果、今では約1300羽まで数が回復した。

絶滅寸前まで追い込まれたタンチョウが復活できた理由は地域の人々の努力はもちろんだが、自然の条件がうまく働いたことも挙げられる。 釧路湿原と周りの森林との境から噴き出る湧水だ。 この湧水は冬でも凍らず、年間を通じて安定した量の水を湿原に送り込んでいる。 エサが極端に不足する冬の間タンチョウたちはこの湧水に集まる生き物たちを食べて命をつないでいたのだ。

はじめの目標であった生息数1000羽が達成されたことでタンチョウの保護はひと段落と思われた。 ところが決してそうではないという。 釧路自然環境事務所の野生鳥獣感染症対策専門官・小野宏治さんはその理由を「冬の間ほとんどのタンチョウが人間の給餌に頼っています。 つまりエサを人間が与えなければおそらく多くのタンチョウが冬を越せないとうことです。 これで本当に野生に生きているといえるでしょうか。」 と話し、今後は次の段階を目指す必要があるという。



タンチョウが飛ぶ東京の空

タンチョウ
タンチョウ
写真提供: 釧路自然環境事務所

1850年代半ば、歌川広重の描いた「名所江戸百景」の冬の場面にタンチョウが登場する。 かつてタンチョウは江戸の空を飛んでいたのだ。 現在の生息域は釧路湿原から少しずつ広がりつつあるものの、まだ北海道東部のごく限られた地域だけだ。 小野さんによれば北海道の中央にある山脈を越えて南下することはまだないという。

繁殖地や越冬地を分散すべき理由はいろいろある。 まず今の生息地域内での繁殖には適当な場所が不足してきていることが挙げられる。 また、冬の間人間に頼りすぎている。 さらに鳥インフルエンザなど伝染病が広がった場合、いっきに数を減らしてしまう恐れがある。 加えて、近年ではデントコーンと呼ばれる家畜用のトウモロコシの種を春先に畑でついばんでしまう食害も起きている。

「自然でエサをしっかり確保できるか、どのように移動させるか、移住した場合の周りの自然環境に与える影響など、考えなければならないいくつかの条件があります。 もちろん周辺に住む方々の理解をえることも必要です。 今は道内で適した場所を探しているところです。」 と小野さんは話し、将来的には道南へと分布域を広げ、最終的な目標として本州で安定したタンチョウの存続を目指している。



シマフクロウは大きい

シマフクロウ

シマフクロウ
写真提供: 釧路自然環境事務所

中国とロシアにも生息しているが、推定1000羽以下と考えられている。とても敏感な鳥で、近づいただけで巣を放棄してしまうので写真の撮影などはするべきではない。

シマフクロウ
写真提供: 釧路自然環境事務所

シマフクロウは翼を広げた長さが約180cmにもなる世界で最も大きなフクロウだ。

釧路湿原にもわずかながら暮らしているが、今は知床が主な生息地でその数は全部で140羽ほどだ。 絶滅寸前の状況であるため、巣箱を設置するとともにヤマメなどのエサを冬場に与えている。
「直径が1mにもなるミズナラやハルニレなどの樹木の洞を巣にして繁殖します。 身体が大きいからでしょう。 そうした巨木がなくなったことが影響しています。 観察していると川のほとりの樹からのんびり川魚を狙っている。 素早い動きで狩りなどとはとてもいえないぐらい動きが鈍いのです。 昔のように川がウグイやヤマメで黒々とした時代だったら十分エサにありつけたでしょうが・・・。」 と小野さんはシマフクロウの窮状を説明する。

こうした現状を打開するため生息数を増やす試みも行われている。 シマフクロウは川と密接に結びついている鳥で、河畔林と呼ばれる川沿いの森林を縄張りとしている。 このため河畔林に木々を植えてシマフクロウの生息環境を整える活動が行われている。 また、メスしかいない地域にオスを放し、つがいになることを進める取り組みも行っている。



小野さんは水鳥を専門に研究・保護を進めてきた。足場の悪い営巣地での観察中に海に転落しかけた経験がある。危険のともなう仕事だ。


エトピリカと人々

野生のシマフクロウはその数の少なさからめったに人の目に触れることはない。 見えないものをなぜ守るのか。 小野さんも簡単に答えを出せないでいる。 それでも地域の人々と保護活動を結びつけた鳥がいる、エトピリカだ。

北海道の最東に位置する根室市のユルリ島とモユルリ島にエトピリカは棲んでいる。 残念ながら繁殖できるのは40羽ほどの中の10つがいにすぎない。 エトピリカが減った原因は漁業活動における混獲や移入された動物による捕食、気候の変化などが挙げられる。 エトピリカに限らず潜水して魚を捕る鳥は刺し網など引っ掛かってしまうのだ。 また、ドブネズミが両島にたくさんいて成鳥を食べてしまうこともわかった。 さらに海水温が変わってエトピリカの好きな小魚やオキアミが海岸から遠く離れた沖合に逃げてしまい、長く巣を離れることを嫌うエトピリカが捕食しにくくなってしまった。

ドブネズミについてはほぼ駆除に成功したかに思えたが、今年の夏モユルリ島で再びドブネズミが現れた。 完全に駆除することはなかなか難しい。 まだまだ挑戦は続いている。 また、かつて繁殖地であった浜中町では陸上と海上にエトピリカのデコイ(模型)を置いて、つがいになるように誘っている。 さらに漁協が自主的に刺し網漁の禁止区域を作って混獲を防いでいる。 そしてなによりも大きな成果は保護活動を通じて地域の人々がエトピリカを地域の誇りとし、その生息地の自然環境に思いを巡らせることができたことだ。

エトピリカ

体長40cmほどの鳥。日本では少なくなってしまったが、北太平洋の亜寒帯海域に240~290万羽も生息していると推定されている。

浜中町琵琶瀬小学校のこどもたちと小野さんが共同で作ったエトピリカの絵本。浜中町の人々にとってエトピリカは町の誇りでありシンボルだ。



竹中さんは湿原に入ってウチダザリガニなどの外来種やさまざまな生き物の生息状況を調査する。ぬかるんだ湿原で1m以上になるヨシの林に入ると方向が分からなくなってしまうため、細心の注意をしなければならない。

冬を越すオジロワシとオオワシ

オジロワシ

ヨーロッパからアジアのかけて広く暮らしている。ヨーロッパには5000~6000のつがいがいて、数は増えつつある。

オジロワシ
写真提供: 釧路自然環境事務所

オオワシは1400~1700羽が道東で冬を越し、オジロワシは11月ごろに日本にやって来て、北海道と本州の北部で550~800羽が越冬する。 両方とも春になるとロシアなどへ渡り繁殖する。 でも、オジロワシの一部は北海道の東部と北部で繁殖していて、釧路湿原でもその姿をみることができる。

オオワシやオジロワシの主な食べ物はサケやマスなどの魚。 その他クジラやアザラシなどの海獣類の漂着死体やエゾジカの死体も食べる。 近年は狩猟用の鉛弾で死んだエゾジカや水鳥を食べて鉛中毒を起こす問題が起きている。 また、道路わきなどにある動物の死体を食べていて交通事故にあったり、風車に激突したりする事例が問題になっている。 現在は鉛弾の使用は禁止されており、事故にあった鳥はできる限り保護して治療をほどこして野生に復帰させている。

さらに冬の間どのようなエサをどのくらい食べているのか明らかにするとともに、港や水産加工場から出る魚の残骸をどのくらい食べているのかなど、人間活動とのつながりについても調査を進めている。