三笠市立博物館 - トカゲ太郎のワンダー・ワールド
トカゲ太郎のワンダー・ワールド
海の王者アンモナイト
三笠市立博物館
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(訪問日 2013年6月15日)

アンモナイトの殻を磨くと菊の葉のような模様が見える。縫合線と呼ばれ、時代が新しくなればなるほど複雑になる。三笠市立博物館

アンモナイトの殻を磨くと菊の葉のような模様が見える。縫合線と呼ばれ、時代が新しくなればなるほど複雑になる。

海の王者アンモナイト

三笠市立博物館はエゾミカサリュウの頭骨化石が発見されたことがきっかけとなって1979年に開館した。その後、同館は白亜紀の海を再現する展示へと2年前にリニューアルオープン。なかでもアンモナイトの化石は充実していて、約600点、80種の収蔵品がある。

アンモナイトはイカやタコ、オウムガイと同じ頭足類の仲間。形はオウムガイにそっくりだけどイカの方により近い。同館の主任学芸員栗原憲一さんによると現在のコウイカの硬い部分のつくりとアンモナイトの殻は基本的に同じだという。また、アンモナイトにもトグロコウイカにも殻の中心に初期室と呼ばれる部屋があるけど、オウムガイにはない。アンモナイトとイカはバクトリテス類という約4億年前に現れた共通の祖先から派生した。残念ながら約6500万年前の白亜紀末にアンモナイトの仲間はすべて絶滅してしまったけど、その化石は世界中で数多く発見されていてその種類や生態が明らかにされつつある。

アンモナイトはイカと同様にカラストンビと呼ばれるオウムのクチバシのような顎で獲物を噛み砕いた。また、オウムガイの足の本数は約90本でイカは10本、アンモナイトはその間ぐらいだったと考えられる。オウムガイが生き残ってアンモナイトは絶滅してしまった理由は未だに解明されていない。まだまだ謎の多い生き物だ。

アンモナイトはイカと同様にカラストンビと呼ばれるオウムのクチバシのような顎で獲物を噛み砕いた。また、オウムガイの足の本数は約90本でイカは10本、アンモナイトはその間ぐらいだったと考えられる。オウムガイが生き残ってアンモナイトは絶滅してしまった理由は未だに解明されていない。まだまだ謎の多い生き物だ。
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モンゴウイカ

モンゴウイカ
アンモナイトはイカやタコ、オウムガイと同じ頭足類の仲間。形はオウムガイにそっくりだけどイカの方により近い。

食べられても大繁栄

アンモナイトの魅力は何といってもその形だ。種類によって殻がスベスベしていたり、トゲがあったり、殻全体が厚かったり薄かったりする。時代によって繁栄した種類が違うことから、アンモナイトを種分けすることはその発見された地層の年代を特定することにもつながる。ごく初期のアンモナイトの殻は真っ直ぐに伸びていて、時代が下るごとに次第に巻くようになり、その巻き方は正常巻と異常巻の二種類に分けられる。ではなぜ巻いたのか。

ニッポニテス・ミラビリス、三笠市立博物館

異常巻アンモナイトの代表格、ニッポニテス・ミラビリス。北海道とロシアのサハリンのみで発掘されている貴重な化石だ。異常巻は病気というわけでなくしっかりとした規則性をもって巻いている。
様々な形をしたアンモナイト、三笠市立博物館

「巻くことでガスを殻の中に入れて浮力を増しました。これで運動能力が飛躍的に高まったと考えられます。エサを探すにも天敵から逃げるにも自由に動き回れた方が有利ですからね」
と栗原さんはその理由を教えてくれた。また、身体のつくりからアンモナイトの生態もかなり分かってきた。生息していたのは大陸棚にある水深200mより浅い海で、エビや貝などを食べていたようだ。生まれた直後の身体の大きさは1mmほどで、現在のイカのように硬い部分が内部にあった。成長するにつれて殻が外部に発達していって、大人の殻は小さいもので約1cm、大きいもので約2mまで成長した。でも、アンモナイトの年齢は未だに分かっていない。殻の線から成長の方向は分かっても、一つ一つの線 の間隔が何年なのか判別できないからだ。

様々な形をしたアンモナイト、三笠市立博物館

様々な形をしたアンモナイト
三笠市立博物館

館内の様子。一番手前が大きさ約1.3mの日本最大のアンモナイト。

「アンモナイトはクビナガリュウやモササウルスの仲間に捕食されていたようです。クビナガリュウの胃の部分からサメの歯や貝類に混ざってアンモナイトのアゴが見つかったからです。でも食べられていたからといって数の上ではそれら海生爬虫類よりも繁栄していたわけですからまさに海の王者だったと思いますよ。」
という栗原さん。

東京都の多摩市出身の栗原さんは早稲田大学の博士課程に在学中にスカウトされて同館に研究員として在籍。その後博士号を取得し、そのまま北海道に残り現在にいたっている。アンモナイトを専門に選んだのはやはりその形の美しさに魅了されたからだという。収集した化石の保全と研究に忙しい日々だが、普及活動にも力を入れている。


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エゾミカサリュウの頭骨化石、三笠市立博物館

1976年に発見されたエゾミカサリュウの頭骨化石。研究の結果、2008年にモササウルスの新種タニファサウルス・ミカサエンシスと正式に命名された。
白亜紀に生息していたイセエビの仲間、三笠市立博物館

白亜紀に生息していたイセエビの仲間。アンモナイトに食べられていたかもしれない。
復元中のディプロモセラス・シリンドアセラム、三笠市立博物館

復元中のディプロモセラス・シリンドアセラム。北海道南東部にある浦幌町茂川付近で発見された。白亜紀末の絶滅まで生き残っていた最後のアンモナイトだ。
ドイツで発見された世界最大のアンモナイトの復元模型の前で説明を行う栗原さん、三笠市立博物館

ドイツで発見された世界最大のアンモナイトの復元模型の前で説明を行う栗原さん。

「特に子どもたちには知識だけでなく、なぜアンモナイトはイカの仲間なのか、など考える力を養って欲しい。そのためには実際に目で見て確かめるのが一番。子どもたちは自分でアンモナイトの化石を削って殻のつくりを調べる。苦労して殻の内側が見えてくると“ああこういうことか”と満足そうな表情を浮かべてくれます。」
と話す栗原さんはこうした活動を通じて未来の研究者が育つことを期待している。

復元作業中のアンモナイトの殻、三笠市立博物館

復元作業中のアンモナイトの殻。上の部分がこの後くっつけられる。
化石の風化を防ぐためまず樹脂でコーティングを施す。その後、歯医者さんで使われる歯型用のゴムで型をとる。三笠市立博物館

化石の風化を防ぐためまず樹脂でコーティングを施す。その後、歯医者さんで使われる歯型用のゴムで型をとる。

燃える石から化石まで

今年、三笠市は日本ジオパークへの加盟を目指している。三笠市の歴史は古く、明治元年(1868年)の“燃える石”石炭の発見に始まる。長い間炭鉱の町として栄え、平成元年(1994年)に炭鉱は閉山するもののその頃の歴史的な建造物は今も大切に保存されている。さらに今は化石の発見が相次ぎ、三笠の地質や地形を活かした新たな町作りを進めているところだ。

明治期は集治監(当時の刑務所)が設置され、囚人は炭鉱での労働に駆り出された。西南戦争などで捕らえられた人々が服役していた。中村館長によれば過酷な労働を課せられ亡くなった政治犯の人々の慰霊碑が町の人々の手によって建立されたという。三笠市立博物館

明治期は集治監(当時の刑務所)が設置され、囚人は炭鉱での労働に駆り出された。西南戦争などで捕らえられた人々が服役していた。中村館長によれば過酷な労働を課せられ亡くなった政治犯の人々の慰霊碑が町の人々の手によって建立されたという。

「実は最初にこの地に足を踏み入れたのはヒノキの伐採をする人々でした。その中の一人が“燃える石”を見つけたのです。そうして炭鉱町として栄え、坑道を掘り進めるうちに偶然化石が見つかったのだと思います。いつしか化石採集のために人々が山に分け入るようになった。そうした熱心なボランティアの方々の集めた標本や調査結果は学術的にも優れていて当館のコレクションに欠かせないものです。」
と、三笠市立博物館の成り立ちについて中村正法館長は教えてくれた。

北海道のアンモナイト化石は保存状態がとてもいい。石灰質ノジュールで包まれたおかげで堆積物に押しつぶされることなく立体的に殻が残されたからだ。化石部分がアボガドの種で回りの石灰質ノジュールが果肉みたいだ。身体の軟らかい部分が腐敗して殻の回りがアルカリ性になることで海水中のカルシウムが固まって石灰質ノジュールができたようだ。三笠市立博物館

北海道のアンモナイト化石は保存状態がとてもいい。石灰質ノジュールで包まれたおかげで堆積物に押しつぶされることなく立体的に殻が残されたからだ。化石部分がアボガドの種で回りの石灰質ノジュールが果肉みたいだ。身体の軟らかい部分が腐敗して殻の回りがアルカリ性になることで海水中のカルシウムが固まって石灰質ノジュールができたようだ。
街に今も残る炭鉱の面影

街に今も残る炭鉱の面影
三笠市立博物館

山懐ろにある三笠市立博物館

同館は化石のコレクションだけでなく木材から石炭へとつながる町の歴史に関する資料も充実している。ただ、あまりにも多いため現在は専門の学芸員を招いて整理を進めているところだ。



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