トカゲ太郎のワンダー・ワールド
日本とアメリカをつなぐ民話の世界
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北アメリカ先住民と大黒天

ジョセフ・A.P.・ウィルソン博士は、ニューヘブン大学(アメリカ・コネティカット州)の人文・社会科学学部で文化人類学を教えている。今回は、ウィルソン博士が「大黒天とネズミ」の話しと、アサパスカン民話との意外な共通点について教えてくれる。

アサパスカンとは北アメリカ先住民族で、共通の言語をもつ人々を指し、アラスカ、カナダ西部、カリフォルニア、アメリカ南西部などの地域に暮らしている。ウィルソン博士によると、アサパスカン文化に伝わる物語の多くに「怪物を退治する者」または「敵を倒す者」と呼ばれる勇者が登場するという。そして、その勇者はネズミの協力を得て、巨大な雄牛またはワピチの怪物を倒すという共通点をもっている。あらすじは、ネズミが勇者の隠れられる穴を掘り、勇者はそこから怪物に攻撃し怪物の精力を奪って弓を作る、というものだ。これは確かに大黒天とネズミのはなしによく似ている。アサパスカンの物語にはまた、勇者の前に立ちはだかる強力な敵として義父が登場する。

ウィルソン博士はまた、一部のアサパスカンは今からおよそ500~1000年前に北から南へと移動し、物語もまた南の地に伝えられたと、説明する。現在、アパッチやナバホの名前で知られる人々はそれら移住したアサパスカンの子孫のことだ。アサパスカン以外のアメリカ先住民の間にも同じような物語があるものの、それらはおそらくアサパスカンから学んだものだそうだ。

「アサパスカンの民話の多くが中央アジアに伝わる民話に類似している。例えば、チベットではマハーカーラが「敵を倒す者」と呼ばれることがしばしば見受けられる。そして日本においてマハーカーラが大黒天と名前を変えて登場することは大変興味深い。」と話すウィルソン博士は、これら民話の共通点の多さに関心が尽きないようだ。

ジョセフ・A.P.・ウィルソン博士
ジョセフ・A.P.・ウィルソン博士

物語が伝えること

北アメリカの極北に暮らすアサパスカンやアルゴンキン、エスキモーといった先住民にはいくつかの勇者物語が伝わっている。同じような物語をもっていることの意味は、これら先住民の人々が人間と動物との関係について共通した信仰をもっているということだ。その信仰とは、もし人間が動物を敬い、自然の法則に従ってタブー(禁じ事)や儀礼を守るのならば、その見かえりとして様々な動物たちが人間によって狩られ、食糧となることに同意するというものだ。だから、狩りの成功は動物と人間が互いに尊敬していることが前提になる。

ウィルソン博士は、多くの北アメリカ先住民文化の中に動物と人間が種を超えて生まれ変わる信仰があると、指摘する。

例えば、次の世で人間に生まれ変わることを知っている1頭のヘラジカが自ら狩られたり、また、狩人が自分の孫など、親戚が生まれ変わった者だと知ったヘラジカが自ら命を捧げたりするという。ただ、すべては動物と人間が相互に尊敬する間柄が保たれるかどうかが、条件になる。

人間と動物の境

アサパスカンの間で使われているいろいろな言語はお互いにとてもよく似ていて、その物語の中では古代の先祖のことが語られている。人間と動物の境があいまいだったその頃、人間と動物はお互いに会話を交わすことができたと、信じられている。

Monster Slayer
物語が伝わった場所によって、怪物が巨大なワピチであったり雄牛であったりする。



記憶に留められるべき文化人類学者

さらにウィルソン博士は、アサパスカン民話について重要な研究論文を残した日系アメリカ人研究者について教えてくれた。

ツチヤマ タミエ博士(1915-1984 ハワイ生まれ)は、アサパスカン民話について広く、体系的に研究した最初の文化人類学者だ。ツチヤマ博士は、アサパスカンの間で行われた文化的交流に関する研究に貢献するとともに、アメリカで日系人として初めて文化人類学の博士号を取得するなど、歴史的に極めて重要な人物である。ただ、第二次世界大戦中は強制収容所に収監されるなどその道は決して平たんではなかった。

ツチヤマ博士はカリフォルニア大学バークレー校というハイクラスの大学から博士号を授与されたにも関わらず、博士の力量に見合った地位で大学などの研究機関で雇用されることはなかった。戦争が終わったにも関わらず日本人や日系アメリカ人に対する根強い偏見がアメリカ中を覆っていたからだ。雇用上の差別は想像を超えたもので、語学のセンスを認められテキサス大学の図書館で働くことになったツチヤマ博士だったが、存命中文化人類学の分野で博士の業績が認められることはなかった。しかし、ツチヤマ博士が残した研究上の多大な功績は今や誰の眼にも明らかとなっている。