トカゲ太郎のワンダー・ワールド
山のはなし

    

訪問日:2013年9月26日

スギだらけ

日本の国土はほとんど山だ。人が暮らしているのは河川の流域や盆地、一部山林を切り開いたごく限られた地域だけだ。だから豊かな自然に恵まれているかというと、どうもそうではなさそうだ。今の山々はスギだらけ。今回は一般社団法人エコシステム協会の管理する山に入って一体山で何が起こっているのか実際に見た。

菊池の山、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
菊池の山
スギ林を切った跡に太陽の光が差し込んでいる。
枯れた渓流、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
枯れた渓流
水は一滴も流れていない。脇には根がむき出しになったスギ。

熊本市内から車で約1時間半、菊池市と阿蘇市の境あたりにその山はある。途中、スギ林に囲まれた薄暗い山道を走っていると枯れた渓流らしきものが現れる。水をたっぷりと貯えたはずの森なのに水が一滴も見当たらない。同協会理事の平野虎丸さんはスギの根にその原因があるという。「人工的に植えられたスギの根は地面をはうように伸びます。だから降ってきた雨は地中に浸み込む前に根ではじかれてしまうのです。」と、平野さんは説明する。ではなぜスギだらけの森なのか。第二次大戦後、木材不足を解決するため拡大造林政策が進められスギやヒノキをどんどん植林していったからだ。国内産の木材の需要が減った後も植林は進められ、日本の山々から広葉樹でできた森林はほとんど姿を消してしまった。

標高500mあたりまで来ると、1年前の大水害の傷痕が現らわれた。幅2mほどだった川が8mぐらいに広がっている。これは倒れたスギといっしょ流れ出た大量の土砂が川岸を削ったためだ。さらに地面に吸収されない雨水は山道に流れ込み、あふれた水は勢いを増して川に向かって押し寄せ川筋を変えてしまった。昨年の大雨は地形さえも変えた。わずかな水量しかなかった沢が一夜にして川に変わり、一つしかなかった川が二つに増えた。そんな状況の中、地面にしっかりと根をおろした自然の木々は今も倒れずに残っていた。

新しい川、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
新しい川
向かって左側の川はかつて植物や木々におおわれた沢だった。右側の川も川幅が広がってしまった。しかしこの日は両方とも水の流れがなかった。
切り株、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
切り株
幹の部分を切っていたから耐えられたようだ。
>サワガニ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
サワガニ
完全に渇いてしまった川ではサワガニは生きられない。
広がった川、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
広がった川
大雨の時に役立つはずの排水管が無残に流されている。山の中の土木工事は平地と違いとても難しい。
流木に耐える木、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
流木に耐える木
流木や土砂を受け止めて立つノザクラ。地中深く根を下ろしているからだろう。

スギ林が途切れて青空が見えるあたりから渇いた川を遡るとやっと水が湧いていた。ちょうど同協会の管理する山の斜面の下あたりだ。「スギを伐採して放っておくとすぐにクサイチゴなどの先駆植物で覆われます。そうすると地面は水を十分貯えるようになるのです」と話す平野さん。地質や地層によって水が地中に潜ってしまい川が干上がってしまうことはある。ただ、ふだんから地面が十分水を貯えていればわずかながらでも川には水が流れているはずだと平野さんは主張する。「スギが植えられる以前このあたりはコナラやクヌギで覆われた渓流がありました。ヤマメやカジカなどがたくさん釣れたものです。」と平野さんは残念そうに振り返る。

いよいよ同協会の山へ入っていくとスギ林では聞こえなかった鳥のさえずりが耳に入ってきた。地面は柔らかく水分をたっぷり含んでいて、様々な植物を観察できる。同協会ではできるだけ自然を残しながら、ここに野草園を造ったり、モミジを植えたりして一般の人々が楽しめる空間を作る計画だ。

クサイチゴ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド アカメガシワ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
先駆植物
左はスギを伐採した跡にすぐに生えてくるクサイチゴ。2年も経つと大人の背丈ほどに成長し、トゲが痛い。右は同時期に生えるアカメガシワ。
湧き出た水、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
湧き出た水
やっと水が流れだした
タカハヤ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
タカハヤ
タカハヤはわずかな水量でも生きていける。
ツチアケビ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
ツチアケビ
群生しているは珍しい。
野生の栗、トカゲ太郎のワンダー・ワールド 野生の栗、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
野生の栗
野生の栗の木のお蔭でたくさん栗の実がひろえる

脅威の自然

台風や大雨など山の様相を大きくかき乱す自然の猛威は測り知れない。ただ、天然の樹木でおおわれた山であれば復元する力を十分備えているから地すべりなどの大災害が起こることはまずない。でも、今の山は人工のスギだらけになってすでに半世紀近く経っている。広葉樹であれば地中深く根を張り、落ち葉も雨水の吸収を助ける。また微生物もたくさん棲みつき様々な動植物が暮らせる森になっていただろう。一方、薄暗いスギ林では下草は十分育たない。加えて針葉樹であるため落ち葉は十分に雨水を貯めないうえ微生物相は貧弱で暮らせる動植物も少ない。スギでおおわれた山の土壌は大きく変わってしまった可能性が高いのだ。また、断層のある場所では時おり崖が崩落し道や川が埋まってしまうこともある。見た目に動かないけど山は生きている。

土は元々自然にあるわけではない。樹木の枯れ葉や枝、倒木などが朽ち果てて土の一部となる。野生動物のフンや尿、死骸もまた土を構成する大切な要素だ。昆虫や微生物がこれらの有機物を分解し土へと還す役割をもっている。また、ミミズは土を耕してくれることで有名だ。太陽光や水もまた栄養豊富な土ができあがるには欠かせない。適度な水分を保たれることでコケ類や菌類が繁茂できる。特に菌類が樹木の根と栄養のやり取りを行うことで森のネットワークが広がっていく。健康な自然の森は単一の樹木で統一されることはなく様々な種の植物がそれぞれ地形や気候に適応して育っている。
    土は元々自然にあるわけではない。樹木の枯れ葉や枝、倒木などが朽ち果てて土の一部となる。野生動物のフンや尿、死骸もまた土を構成する大切な要素だ。昆虫や微生物がこれらの有機物を分解し土へと還す役割をもっている。また、ミミズは土を耕してくれることで有名だ。太陽光や水もまた栄養豊富な土ができあがるには欠かせない。適度な水分を保たれることでコケ類や菌類が繁茂できる。特に菌類が樹木の根と栄養のやり取りを行うことで森のネットワークが広がっていく。健康な自然の森は単一の樹木で統一されることはなく様々な種の植物がそれぞれ地形や気候に適応して育っている。

この山誰のもの

変わったのは山だけではない。山の持ち主も変わった。日本の山は国有林と民有林(個人や市町村、企業、団体など)に分けられる。このうち前者が3割ほどでほとんどが民有林だ。その中でも個人の場合、高齢化が進んだり亡くなったりするなどして山の境界がわからなくなってきている。また、相続しても山の価値が低い今、財産を管理するという意識が低く手入れどころか所有している山がどこにあるのかもあいまいだ。

今でも間伐をしてしっかり管理すれば良質な木材を生産できる。でも、山の所有者が誰なのかも分からないようでは管理のしようもない。輸入材に押されて国産材の需要が伸びないことも問題だが、間伐もせずに放っておくような状況が続けば山は荒れ放題になってしまう(実際そうなっている)。さらに山に日常的に入って仕事をする林業者が激減したことも山の危機に拍車をかけている。現場で山を熟知している人がいないということだ。このような人々の知識や経験を活かさず効率性だけを優先して間伐や木材を切り出すための林道整備などを安易に進めてしまうと山が崩壊する危険が増す。前述したとおり山は昔の山ではないのだ。

ハチ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
ハチ
花が増えて昆虫の種類も増える。
アケビ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
アケビ
伐採地では実のなる植物が多い。
日本ヤマニンジン、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
日本ヤマニンジン
野草園に植えられたもの。癌や糖尿病、コレステロール低下に効果があるという。

宝の山を再び

山が都市または人にもたらす大きな恵みは何と言っても水だ。山の保水力はダムなど比べものにならない。生きた山は土壌に降雨を吸収し徐々に水を川へと流す調整機能が普段から働いている。だから台風や大雨の時に下流におよぼす洪水被害が軽減される。そのためには生きた山を取り戻す必要がある。長い間ほとんどスギの植林に費やされた山の利用を変えるのはとても難しいかもしれない。でも、林業用の山、里山もしくはレクリエーションやその他の自然の恵みを頂く山、そして動植物のための天然の山、と区別して山の整備をしてくことも考えられる。どの山にしてもそれぞれ大切な役割をもっているのだから十分な経済的価値がある(国土の保全を動植物がヒトに替わってしてくれる)。

中でも林業の再生は鍵になる。でも奇しくも取材の翌日、新聞に頭の痛い記事が出た。国産材を使用した場合の優遇制度がWTO(世界貿易機構)の基準に違反するのではないかというものだった。カナダやアメリカ、マレーシアなど日本に材木を輸出する国々がこぞって日本の林業政策に要求をつきつけてきたのだ。グローバル化の時代を実感する出来事で、山問題の解決をさらに複雑にしている。でもバイオ燃料として木材チップを利用するなど国内の消費をうながす方法は他にもある。まだまだスギは広い分野で利用できる。

天然林、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
イワナ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド イワナ、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
イワナ
清流に暮らす魚だ
菊池渓谷、トカゲ太郎のワンダー・ワールド 菊池渓谷、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
菊池渓谷
水量が多く、水もきれいだ。
苔が生えた巨木、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
苔が生えた巨木

山と水



熊本は全国でも湧き水が豊かな県として知られている。阿蘇山周辺に降った雨水は地下水盆と呼ばれる地下にある巨大な自然の水がめにいったん貯められ後、ゆっくりと平野へと流れ込み湧水となって地上に現れる。熊本市や菊池市、宇土市、合志市など多くの都市がその湧き水にたよっているのだ。でも、年々湧水の量は減少している。降水量が減ってしまったとも考えられるが、それでは最近頻発している大雨の影響はどうなのだろう。かつて阿蘇山周辺は秋になると紅葉が美しかったが、今はスギ林と化して見る影もない。

山から下りてきて菊池渓谷に立ち寄った。天然の森が残っていてきれいな水が滔々と流れている。渓谷沿いを歩くと人工のスギもとことどころに見受けられるけど、ほとんどが木肌にコケ類がくっついている天然木であることに気づく。水と森は切り離せない。

巨大な岩を包み込むように根をおろす大樹、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
巨大な岩を包み込むように根をおろす大樹
  菊池渓谷、トカゲ太郎のワンダー・ワールド
菊池渓谷