トカゲ太郎のワンダー・ワールド
シカ食害

(2012年11月14日)

人の側から見ると

鹿除けネットに引っ掛かって死んだシカ。このような悲劇はたびたび起きている。シカ除けネットは植林された苗木や希少な樹木をシカから守るために設置されるが、高額で整備作業に手間がかかる割には水害ですぐ流されるなど、その効果に疑問が残る。
 鹿除けネットに引っ掛かって死んだシカ。このような悲劇はたびたび起きている。シカ除けネットは植林された苗木や希少な樹木をシカから守るために設置されるが、高額で整備作業に手間がかかる割には水害ですぐ流されるなど、その効果に疑問が残る。
写真提供:エコシステム協会

シカやイノシシなどの野生動物による農業被害や野生植物に対する食害が全国で深刻な問題になっている。なかでもニホンジカによる被害は広がっているようだ。地球温暖化によって多くのシカたちが冬場を乗り越えられるようになったことや狩猟者が減少したことで捕獲数が減ったことがその原因とされている。加えて、里地里山の荒廃や耕作放棄地など人間がかつて利用していた場所へと進出できるようになったことも、人間とシカの距離を縮めてしまった。

そもそも日本でシカは昔から山間部などで多く狩られていた。食糧としてはもちろん、皮や角、骨まで衣類や道具に用いられた。寒さの厳しい地域では大量に捕まえられたため絶滅まで追い詰められた。また、シカやイノシシによる農作物被害が深刻になったのは今に始まったわけではない。江戸時代の中期に農業生産を増すため田んぼや畑が広がったことで、シカやイノシシは暮らす場を失い農地に進出した結果、害獣となった。それでも江戸時代は肉を積極的に食べる風習がないうえ、野生動物をむやみに殺生することを嫌う慣習があったため棲み分けはできていた。また、オオカミなどの天敵もいたため自然にその数が抑えられていたともいえる。ただ、明治初期から全国で野生動物の乱獲が進み、シカも激減してしまった。その後、戦後になってようやくメスジカの狩猟禁止などの保護が行われその数は次第に回復していった。一方、1980年代以降になると事態は一変する。シカの数が増え続けた結果、農業被害や自然の植生に対する影響が無視できなくなってきたのだ。



動物の側から見ると

トカゲ太郎
エコシステム協会が管理する「植えない森」。スギを伐採後1年間でカラスザンショウやクマイチゴなどの先駆植物が地面を覆い尽くす。先駆植物にはトゲのあるものが多く、シカも引っ掛かるのを嫌って食べることをしない。ところが、森林整備事業ではこれらの先駆植物を刈りとってしまうため、シカは進入しやすく短く伸びた雑草はかっこうなエサになる。
 エコシステム協会が管理する「植えない森」。スギを伐採後1年間でカラスザンショウやクマイチゴなどの先駆植物が地面を覆い尽くす。先駆植物にはトゲのあるものが多く、シカも引っ掛かるのを嫌って食べることをしない。ところが、森林整備事業ではこれらの先駆植物を刈りとってしまうため、シカは進入しやすく短く伸びた雑草はかっこうなエサになる。
写真提供:エコシステム協会

全国の森林保護に取り組んでいるエコシステム協会(本部・熊本県)の平野虎丸さんは人が奥山の自然を壊した結果、シカたちは山から追い出されるかたちで人の暮らしに近づいてしまったと見ている。
「今から40年ほど前、山で作業していてもシカなど見かけたことはほとんどありませんでした。シカたちは人間と距離を保つため奥山にいたからです。」と、かつて山で暮らしていた平野さんはその実体験を話す。さらにシカの数が増えたことに関しても、政府主導の林業などによる人の活動の影響が大きいと平野さんは考えている。

シカは本来開けた場所が好きです。だからスギやヒノキを植えるための伐採地や林道などに頻繁に現れます。そこには食べ物としての下草がたくさんあるからです。天然林を切り倒し、ひたすら植林をし、林道を整備した結果がシカの生息地を広げて数を増やすことになったのです。シカが悪いわけではありません。」と、平野さんは憤る。

里地里山や耕作放棄地にしても、元々人間が開墾または自然に手を入れて利用していたものだ。人が使わなくなったから野生動物がその土地を替わって利用しているだけなのだ。



トカゲ太郎

棲み分けが大事

「800~900m以上の標高にある奥山やそれ以外でも残された天然林はもう破壊しないことです。そうすればシカを含む野生動物の暮らす場を残すことができる。国産の木材は多すぎて売るのが大変難しいのに、これ以上植林や林道をのばす必要はありません。」と、平野さんは断言し、棲み分けを行うことで安易なシカの駆除を行うべきではないという立場だ。ましてや駆除のために奥山林道を整備することなど移動を繰り返すシカにはムダでしかなく、山崩れの危険を増すだけだと平野さんは警告する。

それでも、人々の活動にあまりに近づきすぎてしまったシカたちについては駆除もまたやむを得ない。それだけ毎年シカの被害は深刻になっているからだ。ただ、駆除といってもそう簡単ではない。



狩ることと食べること

シカを狩ってその肉を食べることを普及させる動きもある。食材として使われる野生のシカやイノシシの肉のことを“ジビエ”という。長野や和歌山、高知、宮崎などの各県ではそのジビエ料理を普及させようとしている。元々フランスで普及していて、流通のシステムなどもしっかり整えられている。ただ、日本では肉の処理施設や提供する店などまだまだ不足しているのが現状だ。何より野生動物の解体処理はそれほど簡単なことではない。まず肉を傷つけないように捕獲する必要があることや病気にかかっていないかなど、気をつけなければならないことが多い。さらに解体時には肉質が悪くならないように内臓を慎重に取りのぞくことや血抜きをしっかり行うことなど作業は簡単ではない。

このため駆除されたシカのほとんどが消費されることなく埋められている。熟練された狩猟者であればあるほど命の大切さは一般の人々以上に理解しているだけに“駆除”だけを目的として狩猟者を増やすことはあまりにも安易すぎる。


耕作放棄地には放たれたウシやブタ、ヤギ。見回りや食べ尽くした後は移動させる必要があるなど手間もかかるが、動物たちはより自然に近いかたちで食事を楽しむことができる。
 耕作放棄地には放たれたウシやブタ、ヤギ。見回りや食べ尽くした後は移動させる必要があるなど手間もかかるが、動物たちはより自然に近いかたちで食事を楽しむことができる。

動物のことは動物で

農家の高齢化や人口減少で耕作放棄地が増えている。シカやイノシシなどの野生動物はそのような場所に入り込みエサ場としている。耕作放棄地はもともと田畑や果樹園であったため人の生活と距離が近く、人と野生動物の接触がその分増える。さらにヤマビルなどの病害虫の広がりも心配されている。野生動物の血を吸うヤマビルはシカの身体に寄生して移動し、その生息範囲を広げているのだ。このような耕作放棄地が増えれば増えるほど人の生活環境に悪い影響がおよんでいる。

そんな中ウシやヤギの放牧によって耕作放棄地の環境を改めようとする動きがある。それまで屋内で飼っていたウシやヤギを耕作放棄地に放し、伸び放題になった雑草を自由に食べさせることで荒れ果てた田や畑を元の開けた景観にもどすという試みだ。電気柵や水飲み場などの放牧施設は安く揃えられるし、エサやりやフン尿の処理、エサ代やエサの生産作業などの手間が大幅に省ける。そしてなにより太陽の下で自由に歩き回ることでウシやヤギたちのストレスが軽くなり家畜の健康と福祉が増進するのだ。

山大学  ― エコシステム協会 ―

エコシステム協会では来年四月から「山大学」を開講する。同大学の目的は、山の自然について観察し、土砂災害の予知や自然の森の再生について学ぶものだ。具体的な講義内容は、地質や地形に関することや山の動植物などの生物多様性、さらには河川や海に関することなど多岐にわたる。下刈りや間伐などの林業体験や同協会所有の山での現場講習など、実際に自然に触れながら講習を進める予定だ。

対象は高校生以上。期間は1年間で、月4回(毎週土日を2回)を予定している。場所は同協会の「森の遊園地」(熊本県益城町)と同協会所有のナショナルトラスト地。講師は専門家7~8名を予定している。

おく病なイノシシは雑草や雑木が生い茂る場所には現れるけれど、放牧によって見通しの良くなった土地は避けるようになる。シカもまた人間と家畜に利用されている土地に好んで入り込むことはなくなる。放牧は野生動物と人間との棲み分けを進めるだけでなく、人とより近い動物である家畜とのふれあいの場ともなる。

奥山の自然を取り戻せないかぎり野生動物との棲み分けは簡単なことではない。ただ、むやみに駆除することだけが解決策ではないことは確かだ。

トカゲ太郎