トカゲ太郎のワンダー・ワールド
化石を読む
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― 三葉虫の研究について ―

三葉虫はカンブリア紀(約5億2千万年前)からぺルム紀(約2億5千万年前)にかけて生きていたクモの仲間に近い節足動物だ。現在、残念ながらすべての三葉虫の種は絶滅してしまった。しかし、約2億7千万年の途方もない時間を生き抜いたスーパー生物であることは変わりない。そこで、今回は三葉虫が専門の岩崎由美子博士にその研究事情についてお聞きした。

岩崎博士
岩崎博士は三葉虫の研究を通じて世界中の研究者や愛好家とつながりを持っている。

化石に秘められた物語

断続平衡説

環境が安定している状態では、生物はその環境に適応するよう変化するがしばらくすると進化が止まり、長い平衡状態に入って身体の形や機能もあまり変わらなくなる。しかし、いったん環境が激変するとそれに合わせるように進化し始め、急激な種分化が起こる。このように進化の過程は漸進的ではなく、緩急のあるものだとする説。

岩崎さんは、ニューヨーク市立大学地球環境学部の大学院在学中にアメリカ自然史博物館に勤務するかたわら、ナイルズ・エルドリッジ博士に指導を受けた経験をもつ。そして、現在はカブトガニについても調査・研究を進めている。師のナイルズ・エルドリッジ博士は、故スティーブン・J・グールド博士とともに断続平衡説を唱え話題になった人物だ。そのエルドリッジ先生が最初に与えた仕事は、山積みになった三葉虫の化石標本の一つ一つの眼の数を調べること。眼の数といっても、三葉虫の眼は昆虫のように多くの単眼からなる複眼だから、少なくとも一つの目に70~80の単眼が詰まっており、多いものでは100個にもなる。それを多数個体調べ上げるのだから大変な作業だ。でも、種によってその数は決まっているから、どの種に属するのか、または新種なのかを見分ける上で欠かせない作業だ。また、眼の形は暮らしていた海底の明るさによって少しずつ違っていることから生息環境についても知ることができる。

三葉虫の眼
三葉虫の眼
三葉虫は生き物の中でも最も古くから複雑な機能を備えた眼を発達させた。カンブリア紀の初期にはすでに三葉虫は眼をもっていた。
(スミソニアン自然史博物館)

「とんでもないことをやらされるなぁ、とあの時は思いましたけど、進化や暮らしていた環境を知るには大切なんです」と岩崎さんは振り返る。この他にも化石から情報を読み解く重要な作業がある。それは、化石を剥がした石の表面を薄いプラスチックの膜で覆い、型を取ることだ。「化石本体よりこちらの方が大事な時があります。何故ならかえって石の方に詳しい情報が隠されているからです。」という岩崎さん。つまり、化石本体の表面がツルツルで形状が残されていない場合でも、石の方には比較的きれいにゴツゴツした形状が残っていてその細部が顕微鏡で観察できるという。また、割れや傷がない見た目整った標本が必ずしも科学的に有用であるとは限らず、あまり良い情報を引き出せない化石もある。さらに、化石にくっついている石の成分も大事だ。「砂なのか、泥なのか、水深はどのくらいなのかなど、生息環境について様々な情報が詰まっているのは化石本体だけでなく、回りにくっついた石の方です。例えば、この成分の解読なしに新種と認定することは100%ありえません」と、岩崎さんは化石標本と同じくらい化石が産出した地質の大事さを強調する。

専門家の目

意外なことに岩崎さんは化石標本を集める趣味はない。その一方で、化石から進化や昔の自然環境を読み解くことが面白いという。もちろん、化石自体に魅力を感じたり、標本を集めたりするコレクターとの交流も大切にしている。これらの人々との協力が新しい発見に結びつくからだ。ただ、化石集めで気をつけなければならないのは、偽物が市場に出回っていることだ。鑑定を依頼される岩崎さんがまず注目するのは、気泡のある、なしだ。つまり、例の型を元に偽物は作り出されるのだが、型の取り方が雑なため小さな気泡が残ってそれが偽物の表面に現れる。また、ひどいものだと絵具で塗ってあるものもあるという。いろいろな形をした三葉虫は魅力があるが、専門家の目には違って映るようだ。

新種ヴィイアファコプス・コズロウスキーの部分写真
新種ヴィイアファコプス・コズロウスキーの部分写真
  アメリカ自然史博物館の論文に掲載されたもの、スケールは1cmだ。
(写真提供:岩崎由美子博士)
ヴィイアファコプスの新種の標本
ヴィイアファコプスの新種の標本
  コチャバンバのイタリア人宣教師ジョゼッペ・ピロヴァノさんが発見した。
(写真提供:岩崎由美子博士)

絶滅の謎

三葉虫は寒冷な海にも暖かい海にも生息していたし、深いところや浅いところなどいろいろな場所を棲みかとしていた。これらのことから、まだ淡水性の三葉虫は見つかっていないものの、三葉虫がいかに様々な環境に適応できていたか分かる。一方で、それだけ世界中の海に生息域を広げていたにも関わらず、なぜ絶滅してしまったのか明確な理由は分からない。火山活動で海水の成分が変わったことやデボン紀に繁栄した魚類やアンモナイトなどによって多くが捕食されてしまったなど、様々な理由が考えられる。ただ、完全に姿を消す前のデボン紀後期に既に数が激減していたことは確かだ。

岩崎さんが現在取り組んでいる研究は、三葉虫の絶滅理由の解明にもつながっている。そして、その鍵となるのが三葉虫の遠い親戚であるカブトガニだ。カブトガニは約4億5千万年前のオルドビス紀に出現し今もなお生き続けている。このカブトガニの幼生が海底で潜る深さを調べることで、どのくらいの酸素濃度まで耐えられるのかを知ることができる。当然ながら砂や土の中では酸素濃度が深くなればなるほど薄くなり、三葉虫は生きられなかっただろう。しかし、三葉虫が海底の砂や土の中に潜っていたことを示す論文がすでにアルゼンチンの研究者らによって発表されている。それによれば、捕食者に一番狙われやすい脱皮の際に三葉虫は、腕足動物(シャミセンガイなど)や頭足類(チョッカクガイ)などが作った巣に潜りこんでいたという。さらに、三葉虫が殻を厚くしたり、多数のトゲを持ったりするなど、身を守るために形状を変えたことから、アンモナイトや魚類など多くの捕食者に食べられていたことが推測できるとしている。いずれにせよ、三葉虫はエサとして当時重要な生き物であり、多くの動物の命を支えて生態系を維持していことが分かる。

ドロトプス
ドロトプス
  モロッコのアルニフから南へ下ったメディアー盆地で1990年に採掘されたもの。デボン紀中期、約3億8千万年前のドロトプス種の化石。ドロトプスは比較的大きな三葉虫で20cm以上のものが多い。
(写真提供:岩崎由美子博士)
モロッコの採掘所
モロッコの採掘所
  オートアトラス山脈から東へ向かったところにあるエルフード近くの地層。このようなアウトクロップ(露出)で小さな三葉虫を丹念に探す。手前はフランス人のコレクターだ。エルフードはサハラ砂漠の入口にある街で、地元のベルベル族の生活体験でラクダ乗りやテント生活などが楽しめる。
(写真提供:岩崎由美子博士)
ボリビアの地層(デボン紀前期)
ボリビアの地層(デボン紀前期)
  ボリビアの中央に位置するコチャバンバ県の街トトラとアイキ近くのアウトクロップ。泥の割れた痕が残っている大きな岩は氷河で運ばれてきた。現在は標高が2000~3000mと非常に高い場所だが、この辺りの地質は泥が堆積してできており、深い海の底であったことが分かる。ここで新種の三葉虫が発見された。
(写真提供:岩崎由美子博士)

ただの石コロじゃないよ

三葉虫が生きていた時代、ボリビアやペルーの辺りに広がっていた海は寒冷だった。それは他ならぬ三葉虫やその回りの地質から分かったことだ。また、逆にカザフスタンやニューヨークにはサンゴ礁が分布する暖かな海があったことが明らかになっている。岩崎さんの専門は、特に約3億8千万年前デボン紀中期の三葉虫で、その調査のため世界中の発掘現場に赴いている。そして、現地調査を行う時に頼りになるのが、地元で活動する三葉虫の愛好家だ。もちろんこのようなフィールド・トリップには研究者も参加するのだが、化石が高額で取り引きされるなど採り尽くされてしまったせいか、近年は化石が見つかる場所を特定するのが困難なになっている。そのため、地元の情報に詳しい人は貴重な存在だ。岩崎さんは研究者仲間だけでなく、そうしたコレクターや愛好家とのつながりや助けが研究を進める上で大切であると考えている。「一面ゴツゴツとした岩場や砂漠の広がる土地で化石が採れる層が露出した場所を探し、そこで化石を見つけるのは簡単なことではありません。それに虫やら砂埃やらあらかじめ教えてもらわないと大変な目に合います」と、岩崎さんは発掘現場の雰囲気について語る。

最後にこんなエピソードを教えてくれた。岩崎さんが化石を石コロのように(石なのだけれど)扱うのを見て、エルドリッジ先生が見かねて次のように諭した。「石ではなく、生きている動物だと思いなさい」。そして、カブトエビの卵をプレゼントされたという。カブトエビはもちろん三葉虫の親戚だ。小さな命を大切に育てたことは岩崎さんにとって貴重な経験であったようだ。

脱皮した後の三葉虫
脱皮した後の三葉虫
  ほとんどの三葉虫の化石は脱皮した後の抜け殻が残ったものだ。ダンゴムシのように丸くなったものは、死体が化石化したいわばミイラだ。写真の化石はオハイオ州で採れた約3億9千5百万年から3億4千5百万年前のデボン紀の化石。三葉虫の脱皮は頭から外れて、その後身体の部分が徐々に抜け出ていく。
(スミソニアン自然史博物館)
世界最大の三葉虫
世界最大の三葉虫
  イソテルス・レックスはカナダ北東部のハドソン湾沿岸で1998年に発見された。大きさは約70cm。普通の三葉虫は数センチのものがほとんどだからいかに巨大かが分かる。
(マニトバ博物館)