トカゲ太郎のワンダー・ワールド 猛禽類もうきんるい保護センター


(訪問日 2008年10月15日)

環境省の野生生物保護センターは、国内の希少な野生生物の生態について調査・研究を行い、その保護と増殖を進めている。 また、資料の展示や映像を通して野生生物の魅力をより多くの人々に知ってもらう活動も行っている。

今回は全国8ヵ所にある保護センターの中から、猛禽類保護センターの活動について紹介する。

猛禽類保護センター
猛禽類保護センター

猛禽類保護センターは、山形県と秋田県にまたがる鳥海山の南麓にある。 同センターは、国内でその数が減っているイヌワシを中心に、クマタカやオオタカなど猛禽類と呼ばれる鳥たちの調査・研究を行い、それらの生態や生息環境についてセンターを訪れる人々に理解を深めてもらうことをその目的としている。

猛禽?類?

猛禽類とは獲物をとらえるために体を特徴的に進化させた肉食の鳥の仲間。

このため、上空高くから獲物を見つけるすぐれた目や獲物をいったんつかんだら離さない太い脚と鋭いカギ爪、そして肉を引き裂くとがった口ばしをもっている。

猛禽類はタカとフクロウの仲間に大きく分かれる。 タカの仲間が昼間おもに行動するのに対して、フクロウの仲間は夜間活発に飛び回る。 日本にいるタカの仲間は28種類、フクロウの仲間は8種類。

イヌワシのカギ爪
イヌワシのカギ爪


イヌワシ

イヌワシについて

翼を広げると約2m、国内ではオオワシ、オジロワシについで大きなワシ。

体長は約90cm、体重は約3~5kg。 食べ物は、主にノウサギやヘビ、ヤマドリで、タヌキやキツネなどを襲うこともある。 世界においては北半球に広く生息しており、全部で7亜種のイヌワシが現在確認されている。 日本では大半が東北と北陸、中部にかけて生息し、北海道、四国、九州では一部の高山地域でのみ生存が確認されている。 生息数は全体で現在約650羽、そのうち繁殖可能なペアは約200ペア。 環境省の平成18年度国内レッドリストでは絶滅危惧種IB類に区分され、絶滅の危険性が極めて高い。

ムササビ
ムササビ

イヌワシはバロメーター

なぜイヌワシなのか、それは国内の希少種であるだけでなくイヌワシの生息がその地域の自然の豊かさを示すバロメーターになるからだ。

鳥海山周辺において、人間以外でイヌワシが自然の中で恐れる天敵はいない。 つまり、食物連鎖の頂点にいるイヌワシが多いということは獲物となる生き物も多いことになる。 そして、その獲物のエサとなる植物も豊富でなければならない。

例えば、イヌワシがよく食べるノウサギにとって、イネ科やイチゴ類の植物が欠かせない食糧となる。 しかし、これらの植物は杉林などではあまり育たず、ブナやミズナラなどの落葉広葉樹が多く混ざった林の中でよく見られる。 このため、ノウサギが暮らしていくにはさまざまな種類の植物や樹木が必要となる。 そのほか、ヘビのアオダイショウもイヌワシはよく食べるが、アオダイショウもまたエサとなるネズミ類が数多く生息していなければならない。 そして、このネズミ類にとっていろいろな種類の樹木の種や植物の芽が大事なのだ。

ニホンリス
ニホンリス

増えたノウサギの糞

繁殖できるイヌワシのペアの約40%が自然林の多く残る東北地方に生息している。 しかし、その繁殖率は年々低下しており、現在その確率は30%を切りこのままでは種を維持していくには非常に困難だ。

主な原因の一つはエサ不足だが、エサを獲る環境が整っていないことも関係している。 イヌワシは大きな土地が広がった草原のような場所で狩りをするため、杉の人工林のような木と木が密生した場所では狩りができないのだ。 このため、鳥海山麓のスギ人工林の中に、保護団体の猛禽類調査会によってイヌワシが狩りのできる空間を作る試みが行われている。 これは人の手で木々を切り、森の中に空間を作ることで太陽光が開けた土地に射し込むようになり、さまざまな植物が育ちそれを目当てにノウサギが集まるという狙いがある。

実際、この試みによって開けた土地で数多くのノウサギのフンが発見され、イヌワシの狩りの様子も観察することができるようになった。

猛禽類保護センターの館内
猛禽類保護センターの館内

人と鳥をつなぐ

出羽富士、秋田富士とも呼ばれる鳥海山を訪れる登山客は多い。 その中でマナーを守らない人たちが捨てたゴミが問題になっている。

ゴミを目当てに小動物が道路などに寄ってきて、車にはねられ死ぬ。 この死体をめがけてイヌワシやその他の猛禽類が道路に降りてきてまた事故に遭うのだ。 もっと問題なのはカラス。 ゴミが増えるとカラスが増える、そしてそのカラスが食べ物を求めて山間部まで飛び回りイヌワシのヒナを襲うのだ。

そのような状況の中、猛禽類保護センター活用協議会(環境省、山形県、酒田市の共同運営)の高橋誠さんは一般の人々の協力が不可欠だという。

高橋誠さん


「例えば、ノスリはよく田んぼでネズミを捕ります。 道路わきの雪よけフェンスなどからネズミを狙うのですが、この時事故に遭うケースがあります。 この場合田んぼの隅に棒を一本立ててもらうだけで事故は防げます。 ネズミは田んぼに穴を掘るので、ノスリの役割もちゃんとあるのです。」 
という高橋さん。 実際に農家の方々はノスリをよく目撃し、その姿に共感したのか理解を示す人も多いそうだ。


館内に展示されているワシの標本
まるで生きているような剥製は事故などで死んだ鳥から作られる。 詰め物や作り方は秘伝。
職人技の技術の習得には時間がかかり、後継者がなかなか見つからない。

見守ってほしい

猛禽類保護センター内の鳥海南麓自然保護官事務所の大木庸子自然保護官も同意見だ。
「イヌワシの巣の近くや狩場で写真を撮ろうとしてねばるのは厳禁。 親鳥の行動に影響し、ヒナを放棄してしまうこともあります。 フクロウの例ですが、ヒナのいる木のうろの中をのぞき込んで撮影した例もありました。 近くで見たり、写真に残したい気持ちもわかりますが、イヌワシやその他の猛禽類はとてもデリケートな野生の生き物です。 ですから遠くからやさしく見守って欲しい」
 という大木さん。

自然保護官の大木庸子さん

大木さんは高橋さんや地元の人々が集めてきたイヌワシの調査結果を元に、生息域内での土地開発のあり方や、騒音・振動など現場での配慮を検討し、事業者や地域住民に理解を求めている。 自然保護官という仕事について大木さんは、
「わたしたち自然保護官は法律に基づいて自然保護をすすめていますが、自然保護に関して必要なすべての権限を持っているわけではありません。 地元の方々や自治体、林野庁など他省庁との連携、ご協力をいただくことが不可欠です。」 
と説明する。

自然保護官とは

環境省の国家公務員。 おもに自然環境局内の仕事に従事する。 勤務地は主に、国立公園内の自然保護官事務所や国内の地方環境事務所、環境省本省など。 ただし2年~4年程度で転勤がある。 仕事の内容は、勤務地によってさまざま。 国立公園の管理のほか、希少野生生物の保全・管理や、外来生物・遺伝子組み換え生物への対策など野生動植物の保護管理。 また、身近な自然環境を守るための里地里山保全や湿地・干潟など損なわれた自然を再生させる事業。 さらに、エコツーリズムや自然公園における施設整備などの自然とのふれあい推進活動など、生物多様性を目的とした幅広い分野におよぶ。 具体的な業務内容は、地方においては国立公園の管理や法規制の許認可、希少野生動植物の保護・増殖など。 本省では自然保護に関する制度作りや保護区の指定など。


知って面白くなる猛禽類の世界

猛禽類保護センターでは定期的に自然保護観察会を行っている。 フィールドガイドを片手に鳥海山に分け入っていくのだ。 さすがにイヌワシを見ることはめったにないが、ノスリはよく観察できるし、運がよければタヌキやキツネ、テンなどとも遭遇する。 また、さまざまな樹木の葉を集めてその種類の説明を聞くなど、森の自然環境全体を知るには絶好の機会だ。

保護センター内ではイヌワシの一年を記録したドキュメンタリーが放映される。 冬場に子育てをする親鳥の姿は本当に美しい。 また、展示されているはく製はまるで生きているようによくできている。 さらに実際に羽に触ってみることでその構造の違いを感じるコーナーもある。

イヌワシの一年が上映される。
イヌワシ
イヌワシ

取材したその日も幼稚園児の団体が来ていて巨大なイヌワシの剥製に大歓声をあげていた。
「子供たちだけでなくお年寄りもとても熱心にイヌワシの狩りの仕方や求愛の飛翔の話に耳を傾けてくれます」
と、高橋さんは知ることでますますその魅力に引き込まれる人々を増やしたいと考えている。 そうした人々の中には、イヌワシの巣や狩りの様子について貴重な情報を寄せてくれる人もいるという。

動物園で観察しよう

イヌワシの飛翔する姿をじっくり観察するには動物園が最適だ。 近くで見られるからその大きさを実感できる。 また、多摩動物園や大森山動物園などの動物園ではイヌワシの人工繁殖にも取り組んでいる。

多摩動物園で与えているエサはネズミと馬肉。
猛禽類のいるケージの中ではイヌワシが一番多く、体の大きいオオワシのメスがいても大威張り。
繁殖の時期は荒っぽくなり頭をつつかれないよう飼育員さんはヘルメットをつけてケージ内に入る。


注:

掲載したイヌワシとムササビの写真は多摩動物公園にて、またニホンリスの写真は井の頭自然文化園にて撮影しました。